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「周囲に反応無し……くそっ、どこ行きやがった」 
 ラムケ技術大尉は、狭いコクピットの中で悪態をついた。コンラートのやや薄青みがかったキャノピ越しに見る真夜中の林の中には、何一つ動く気配は無かった。 
 ラムケが率いるシュトラール軍第892実験中隊は、中部ヨーロッパの名も無き森に展開していた。中隊各機は俗にアンブッシュ迷彩と呼ばれるグリーン/ブラウン系の迷彩で塗られ、部隊章代わりに各人の名前の頭文字が、胴体の左前部にグレーで書かれている。 
『夜戦装備が整ってない状態でこのまま追跡するのは危険です、大尉。ここから先は蛙たちに任せませしょう』 
 そう言うと、中隊副官のクルツリンガー中尉は、機体右側面に星型アンテナを付けた無人兵器指揮型グスタフから、周囲に展開したクレーテ達に【索敵・攻撃】の命令を出した。暗闇の中に、忠実な猟犬のようなクレーテ達の枯葉を踏みしめながら走る駆動音が響く。 
『またか……“ジャガイモ7”が起動しない…………起動確認』 
「奴はオーストラリア以来の古参だ。大事に扱ってやれ」 
 ラムケは、ジャガイモ7と名づけられたクレーテが歩いていると思われる方向に顔を向け言った。 
 “ジャガイモ7”は実験中隊がオーストラリアに降下して以来、ずっと中隊の一員として働き続けているクレーテであった。配備当初は滑らかな曲線を描いていたボディも、数々の被弾や衝撃に変形し、今ではまさしくジャガイモのようにイビツになっていた。中隊の観測機材が一時ノイ・スポッターに変更された際に、補助機材扱いとしてPaK(対戦車砲搭載型)化され、捜索・索敵システムも旧式なままだった。 
「しかし、流れ弾一発でイカレちまうとは……研究屋てのはデリケートなもんばかり作りやがる」 
『当たりどころが悪かったんです。脚部装甲に命中したロケット弾の破片が冷却器の隙間から中枢AIにぶち当たるなんて……自分も予想しませんでしたよ』 
「それを予想出来ないのが連中のダメなところだ」 
『しかし、こうなると設計からやり直しでしょうが、どう対応しますかね』 
「さあな、そこを考えるのは技研の連中の仕事だ。俺らは、奴が傭兵軍に捕まったり、味方に損害を与える前にぶっ壊すのが仕事だ」 
『中佐はあれを無傷で持ち帰れって言ってますが……』 
「無傷? おとなしく言う事聞いてくれると思うか? さっさとぶっ壊しちまわねぇとファイアフライの二の舞に……」 
 戦術ディスプレイに緊急情報を表すマーカーが点滅し、ラムケの眼がそれを読む。 
【目標捕捉。接敵──交戦中】 
 先ほど放ったクレーテからの通信だった。 
「親鴨から全家鴨へ。ジャガイモ9が接触した。これより接敵開始。第2小隊、前進、ジャガイモ5から偵察情報をもらえ。中尉と第3小隊はこの場で待機」 
 ラムケは額に上がっていた暗視ゴーグルを下ろすと、闇の中で待機していた5機のグスタフと共に前進を開始した。 
「目標は破壊しても構わん。活動停止を確認後、中枢AIを回収しろ。いいかAIの回収を忘れるな!」 
 ウサギのように飛び跳ねながら、6機のPKAは闇に包まれた林の中を進んでいく。ジャガイモ9は林の奥に向かって走っている目標と併走しながら、攻撃せずに他のクレーテとラムケ達の到着を待っていた。 
「親鴨からジャガイモ9へ。右に追い込め!」 
 ラムケは右手に提げていたシュレッケの安全装置を解除した。 
 暗視装置越しで緑色の視界に、クレーテの1.5cm機関砲の白い流れが奔る。その流れを避けるように黒いシルエットは急停止し、鶏を思わせる動きで反転すると、ラムケ達の方に向かってきた。 
「引きつけるな! 撃て!」 
 数発のシュレッケが発射される。うち2発は目標からの機関砲による射撃で破壊され、1発は大木に命中し、2発が足元に着弾した。その閃光にいっそうコントラストが強くなり、異様な姿が浮かび上がる。 
 爆発を避けるかのように跳躍した影は、ラムケたちの直前に着地すると頭部ターレットを回し、こちらを見た。 
 そいつは、クレーテのシルエットを持つ無人歩行戦車だった。砲塔にはノイスポッター系統の感知ユニットと分析記憶ユニットが組み込まれ、砲塔の左右には4連装のパンツァーシュレッケが搭載されていた。 
 【クリューゲクレーテ(賢いクレーテ)】と非公式に呼ばれるそれは、砲塔を小刻み動かしラムケたちを、鈍く光る単眼で見た。 
「撃て! 撃て!」 
 エクサイマレーザの青白い閃光がクリューゲクレーテのボディをかすめた。 
 攻撃を察知したクリューゲクレーテは砲塔後部に装備されたスモークキャンドルから対レーザ煙幕弾を発射すると、装備されている1.5cm機関砲で応戦を開始した。一瞬にして周囲の木々がバラバラになり、破片がキャノピと胴体を叩く。 
「くそっ! 射撃やめっ! 家鴨3と家鴨5は側面に回れ!」 
 自分に向かって倒れ掛かってきた大木を跳ね除けると、ラムケは吼えるように言った。レーザを減損させる霧のような煙幕の向こうから機関砲弾が飛来し、周辺の土や藪をバラバラにし跳ね上げる。ラムケは遼機と共に牽制のためにグレネードランチャーを撃ちまくった。 
『大尉! 奴が……きで…っ……』 
 クルツリンガー中尉の声はノイズで途切れその後は空電の音だけになった。小隊各機を呼ぶが、一切の応答が無い。どうやら妨害電波により、電波を使った通信は不可能になってしまったようだ。さらにレーザ通信も周囲に立ち込める煙幕によって使用できなかった。 
「魔女の婆さんに呪われろ!」 
 ラムケは叫ぶと、古来よりの通信手段を使用した。いわゆる手信号である。辛うじて見える距離にいた機体へ手信号で指示を出し、自機の索敵情報を頼りに突撃を開始したが、それもすぐにレーダーを妨害され中止せざるを得なくなってしまった。 
 しばらくするとノイズ混じりでよく見えない程度ではあるが、ディスプレイ上に再び情報が入るようになった。 
 各機体の状況を確認する。今の戦闘だけでも1機のクレーテが撃破され、2機のグスタフに損傷が出たらしい。と、その時、ノイズの中の異変に気がついた。無人機への外部からのアクセスを示す表示が現れていた。 

「無人兵器指揮網に割り込みが? ……まずい!」 
 ラムケと同じ異変に気づいたクルツリンガーは、全無人機の戦術コンピュータを独立戦闘モードに切り替えようとした。独立戦闘モードに切り替えられた各無人機は、外部からの指示を受け付けなくなり、あらかじめ指示されていた命令に沿って行動するようになる。こうする事により、割り込みを阻止しようとしたのだった。 
 が、命令はエラーとして返ってきた。戦術ディスプレイ上のクレーテを示すマーカーが、次々と敵味方不明機へと変わっていく。既に指揮網はクルツリンガーの手を離れていた。そのころになって、ようやくレーザー通信だけは回復した。 
「周辺防御! クレーテに注意しろ!」 
 周囲の機体が一瞬戸惑ったように見えた。 
「無人兵器指揮網を乗っ取られた。無人機どもは“敵”だ!」 
 普段は物腰の柔らかい中尉の声を押し殺した怒鳴り声に、第3小隊の面々は驚きつつも半円を描く形で防御陣を形成した。 
「KKめ……自己の残存を最優先に行動中か……」 
 ハイネマン伍長からの通信が入る。 
『高速で移動する物体を捕捉。後方からこちらへ接近中』 
 彼の機体には動体センサーを装備してあり、それがレーダーの利かない現状では頼みの綱だった。 
『不明機は林道上を進行中。時速70km、距離200!』 
「KKか?」 
『わかりません、機種、敵味方は不明のままです』 
 確かに、後方に回り込まれた気配はしない。しかし、何かが近づいて来ているのは事実であり、それが味方だとも思えなかった。 
「後方警戒!」 
 次の瞬間、短いレーザの残像が闇を切り裂いた。右翼に位置していたラッテ軍曹機の機体表面に火花が散ると同時に、横倒しに倒れた。 
『ナーーッツ!』 
 誰かが叫んだ。 
 そして数本の白樺をなぎ倒しながら、ナッツロッカーの巨体が眼前に現れた。胴体に記されたマーキングは第512独立重戦車大隊の所属車輌であることを示していた。 
 いや、“だった”というべきだろう。 
「退避ーッ!」 
 クルツリンガーはシュレッケを発射ざまに叫んだ。弾頭はナッツロッカーに届く前に砲塔の可動式レーザ砲に迎撃された。 
 爆風に煽られた視界の中で、ナッツロッカーの砲塔前面のレーザ砲が短く光り、ハイネマン伍長機がキャノピに直撃を受けるのが見えた。 
 突然の味方機による攻撃に、第3小隊は恐慌をきたした。瞬く間に2機のグスタフが撃破され、かろうじて生き残ったのはクルツリンガーと、一番離れた位置で警戒していたハルツ曹長だけだった。 
 第3小隊を粉砕、蹂躙したナッツロッカーは、そのまま林の奥へと走り去っていった。 

 ラムケはレーザーでクレーテの駆動部を破壊すると、遠距離から放たれたシュレッケをかわすために倒木の陰に転がり込んだ。シュレッケの直撃を受けた白樺の破片が降り注ぎ、機体後部のエンジンを一抱えもある幹が直撃した。 
「ちっ、冷却器破損か……生きてる奴がいたら返事しろ!」 
 ヘッドホンに響くのは電子妨害によるノイズだけだった。ラムケはエンジンに負担をかけないようにゆっくりと幹をどけると、シルエットをさらさないようにするために這い進んだ。 
 銃声が散発的になり、戦闘が終結に向かっていることがわかった。それは味方が殲滅させられたことを示していた。 
「生きて帰れたら……技研の連中、絞め殺してやる」 
 エンジンがオーバーヒートのために停止した。うつ伏せのまま動力が切れた機体は、ただの装甲板でできた棺桶と化した。だが、機体を捨てる気にはなれなかった。生身になれば機関砲の至近弾だけでも致命的である。戦闘が終わるか、自分が死ぬまでこのままでいようと、ラムケは思った。 
 重いホバーエンジンの駆動音が聞こえてきた。「友軍か?」と思ったラムケは何とか首を上げ、音の方を見た。1輌のナッツロッカーが目の前を通過していくところだった。ナッツロッカーは砲塔をぐるりと回し、ラムケの方を向いた。 
「くそったれ! どいつもこいつも乗っ取られやがって!」 
 大口径レーザの照射前に脱出しようともがいた。まともに喰らえば、痛みすらも感じる暇も無く死ねるということは判っている。もちろん、死にたくはなかった。 
「今度から暇な日曜日には教会に行くから神よ助けてくれ!」 
 叫びながらハーネスを外そうとするが、その前に右腕がパワーアームから抜けなかった。ナッツロッカーはラムケ機のまだ生きている無線機を捕捉すると、掃討すべき敵と判断し固定レーザ砲の砲口を向けた。 
「神のくそったれ! 俺のケツをなめやがれ!」 
 ラムケが観念しかけた時、ナッツロッカーの砲塔に一発の徹甲弾が着弾した。砲弾は投光器とオプチカルユニットを破壊し、衝撃で砲塔をわずかにずらした。発射されたレーザはラムケのすぐ脇の倒木に命中した。 
「ジャガイモ7か!」 
 ナッツロッカーを撃ったのは、ラムケとはオーストラリアからの戦友である、あのパックレーテだった。空薬莢を砲塔後部から吐き出し、続けざまに2発の徹甲弾をナッツロッカーに叩き込んだ。オプチカルユニットを破壊されたナッツロッカーは、反転すると闇の中に消えていった。 
 ラムケはパックレーテに周辺防御を命じると、機体から這い出した。周囲から戦闘騒音は消え、闇と静寂が辺りに満ちていた。 
「とりあえずは生存者の捜索だな。くそっ、奴め! 必ずぶっ壊してやる」 
 結局中隊で生き残ったのはラムケ大尉とクルツリンガー中尉、4名の下士官だけだった。ラムケのコンラートは撃破されたグスタフのパーツを使って修理された。配備されていた9機のクレーテのうち3機が撃破され、5機がクリューゲクレーテに乗っ取られ姿を消していた。残ったのはあのパックレーテただ1機だけだった。 
 機体の修理と負傷者の手当てを終えた、わずか1個小隊程度まで兵力が減ってしまった中隊は、逃亡したクリューゲクレーテの追撃を続行することになった。 

 ファーゼライ作戦の成功によって欧州の大部分を制圧した傭兵軍ではあったが、シュトラール軍支配地域との隣接地域では、戦線を維持するために配置された独立民兵軍(地球独立臨時政府によって編成された野戦部隊)とシュトラール軍との戦闘が続けられていた。 
 装備・戦術・士気の全てにおいてシュトラール軍にはるかに劣る独立民兵軍は、戦果を拡大するどころか、維持することさえできなかった。各地で戦線を食い破られた民兵軍に対し、傭兵軍は地球独立臨時政府の要請により、いくつかの機甲歩兵部隊を各戦線の火消し部隊として投入していた。 
 その中の一つが第651医療大隊の親部隊である第65装甲猟兵連隊であったが、第65連隊が戦域に到着するやいなや前線を維持していた民兵軍部隊が崩壊し、その壊走ともいうべき撤退戦に巻き込まれてしまった。 
 第65連隊はAFS大隊で戦線の大崩壊を食い止めると同時に、虎の子のSAFS中隊を火消しへと走り回らせた。十数時間後には大きく錯綜した戦線を維持する事に成功したが、戦線深く浸透したシュトラール軍の無人兵器部隊によって、ドールハウス数輌を含む機械化砲兵部隊を失い、多くの後方支援部隊との連絡を絶たれてしまった。 

 傭兵軍第651医療大隊は、民兵部隊の撤退の波に押し出され、幹線道路から外れた名も無いような寒村で停止していた。戦禍を恐れたのか、住民の姿はまったくなかった。 
「連隊司令部と連絡はついたか?」 
 医療大隊長マッカラム少佐は、無線に取り付いている通信兵に苛立ちを隠しながら聞いた。通信兵は黙って首を振った。ヘッドホンからは、妨害電波特有の雑音が響いている。 
「前線が安定しなければしょうがない。気長に待とうや」 
 マッカラムの背中に声をかけたのは、同じ村で足止めされた整備大隊の大隊長キンデルバーガー技術中佐だった。ドワーフのような口髭と顎鬚をたくわえ、パイプをくゆらせている。 
「しかし、民兵の連中は凄まじいな。動ける車輌──丁寧にも、中身を全部下ろして──全部取って行きやがった」 
「戦闘部隊じゃないことをいいことに好き勝手やりやがって……こっちはすぐにでも後送する必要がある人物がいるというのに……」 
「傭兵軍の階級も、民兵の銃口に勝てないということだ。帰ったら司令部に教えてやろう」 
 上空から見えないように偽装された物資が、村を東西に貫く道の道端に延々と積み上げられていた。それらを載せていたトラックはもちろん、医療大隊の野戦救急車や連絡用のオートバイすらも、民兵に徴発されていた。 
「修理中で民兵どもにかっさらわれなかったトルネードが1輌あるが、どうする? 3人ぐらいならどうにかならん事も無いが」 
 マッカラムは唇を噛んだ。単なる人間や荷物であるなら装甲ホバーバイクで運ぶことはできる。しかし、後送しなければならない人間は頭部に重傷を負っており、振動の多い状態で運ぶのは不可能だった。彼の脳内にある情報は非常に重要なものであった。 
「少なくとも4輪車が必要だ。ホバー車だったら上出来だ」 
「ナッツでも拾ってくるか?」 
「せめてサンドストーカーにしてくれ」 
 二人が自嘲気味な笑みを浮かべていると、目の前の広場にトルネードが滑り込んできた。機体の後部に被弾の跡がみられる。パイロットは重い防弾ヘルメットを乱暴に脱ぐと、マッカラムの方に走ってきた。周辺の偵察に出していた軍曹だった。 
「敵を発見しました。丘の向こう側です」 
「規模はどれぐらいだ?」 
「わかりません。出会い頭にクレーテの射撃を受けて、逃げてくるのがやっとでした」 
「場所を示せ」 
 下士官の指が広げた地図の上を迷走する。偵察の経験がないため、場所を特定できないのだ。マッカラムは軍曹に何度も質問をし、大体の場所をつかんだ。 
「追撃してきた部隊だな。このままだと夕方には接触されるだろう」 
「迎撃すればいい」 
 さも当たり前のように言うキンデルバーガーの口調に、マッカラムはあっけに取られた。兵員を集めて臨時の戦闘部隊を作ったとしても、重火器も装甲兵器も無い状態では、一分の勝ち目もない。 
「AFSならある。ただし、パイロットがいないが」 
 キンデルバーガーの指差す先に1機のAFSの姿があった。頭部と機体形状から、旧式のMk.Iだとわかる。 
「暇だったんで、その辺の部品からでっち上げてみた。レーザもちゃんと装備してる」 
 マッカラムの横顔を見ながらキンデルバーガーは続けた。 
「捕虜になるわけにはいかんのだろ。ならばやるしかないだけだ」 


『近くでクレーテの活動を確認しました。奴らに間違いありません』 
 偵察に出ているクルツリンガーからの通信が入った。 
「断言できるか?」 
『この周辺に展開している部隊で、旧式のクレーテを運用してるのはウチだけです。他は新型のキュスターか、ノイスを使っています』 
「そのクレーテは何してたんだ?」 
『傭兵軍の部隊と交戦したようです。敵機は破壊されず、逃走。クレーテはそれを追っています』 
「奴はどこにいる」 
『痕跡などは見つかりませんが、近くにはいないと思います。戦線からかなり離れてますから、通信状態は良好です。この状態なら10km以上先からでも無人兵器の指揮が可能です』 
 ラムケは周辺の地図をディスプレイに表示させた。南東に12kmほど行ったところに小さな村があった。独立民兵軍の主撤退路からは外れているが、ここに部隊がいることは予想するまでもなかった。クレーテと接触したのはここにいる部隊であり、クリューゲクレーテの目的地もここになることは間違いないとラムケは思った。 
「まずいな。いくらナッツを味方につけたとはいえ、傭兵軍の正規部隊とぶつかればただじゃすまんぞ」 
『追跡しますか?』 
「いや、だいたいの目的地を予想できる。先回りするぞ。先導を任せる」 
 ラムケは隠れていた壕から立ち上がると、部下に前進を命じた。 


「私が、乗るんですか?」 
 ソフィア・クリーズ伍長は、突然の命令に呆然とした顔で応えた。 
「大隊でアレを操縦できるのはおまえしかいないからな」 
「私は看護兵で……AFSの訓練は受けていません」 
「操縦法は医療用スーツと変わらん。AFSも医療用スーツも、元は同じだ。すぐに中佐の所に出頭しろ。慣らし運転に2時間、それが終わったらすぐに戦闘配置につく」 
 クリーズは何が起こったんだろうと思いながら、キンデルバーガーの待つ仮設整備場に出頭した。 
「ソフィア・クリーズ伍長です」 
「おう、待ってた……何だ、お嬢ちゃんか、これに乗るのは」 
「そのように言われてきました」 
 クリーズの横には、整備台に載せられたAFSがあった。しかし、普通のものとはどこか違って見えた。 
「拾ったグスタフのエンジンとレーザーガンを載っけてある。手足の長さとバランサーを調整するから、乗ってみてくれんか」 
 ブルネットの髪を軽くまとめ、クリーズは言われたとおりにAFSに乗り込んだ。確かに医療用スーツと構造は同じだった。違うのは、頭の先からつま先まで厚い装甲に覆われていることだった。鼻先に並ぶ小さな計器類と、大きな酸素マスク。薄青色がかった防弾ガラス製のバイザー。衝撃吸収のためのパッドは硬い。 
「コンタクト!」 
 エンジンが始動し、機体各部のシリンダーに十分な圧が与えられる。クリーズは右手を動かしてみた。右手の動きに合わせてマニュピレーターがスムーズに動く。近くのバーを握り、十分に固定されていることを確認すると立ち上がった。 
「そのまま。今バランスの調整をしている。転んだら背骨が折れるぞ」 
 クリーズは身体を強張らせた。キンデルバーガーは、素早く機体のバランス調整を終わらせた。 
「前の通りまで歩いて出ろ。大丈夫だ」 
 恐る恐る第一歩を踏み出す。いくら機体の丈夫な背骨に支えられているとはいえ、重いエンジンを背負った状態で歩き出すには勇気が要った。一歩目を踏み出すと、次からは楽であった。普段と変わらない足取りで整備場を出て、前の通りの真ん中で立ち止まった。 
『射撃テストだ。シミュレーターで一応の照準調整は終わっているが、お嬢ちゃんのクセも知りたい。適当に撃ってみろ』 
「そんなこと言われても、私撃つのは初めてです」 
 キンデルバーガーは簡単に射撃方法を教えると、標的代わりのドラム缶を指し示した。 
「演習用の出力になってる。当たるまで撃ってろ」 
 クリーズは左腕を真っ直ぐ伸ばすと、トリガーを引いた。青白い残像を残してエクサイマーレーザーのエネルギーブリットが飛ぶ。射線はドラム缶に当たらず虚空へ消えた。 
 射撃訓練を行うAFSを尻目に、マッカラムは臨時戦闘部隊の編成を行っていた。看護兵と整備兵で140名ほどの兵員は確保できたが、そのほとんどが簡単な戦闘訓練を受けただけであり、戦闘経験は皆無だった。民兵が道端に放棄した小銃や機関銃などで、全員一様の武装ができただけでも幸運だった。さらに整備大隊が輸送していた物資の中から、グラジエーター用の6基の100mmロケットチューブが見つかった。急遽遠隔操作による発射装置が取り付けられ、重火器も確保することができた。 
「何とかなるかもしれんな」 
 マッカラムは配置に散っていく兵士たちを見送りながら、自嘲気味につぶやいた。 


「民兵じゃない」 
 村の外縁部に到着したラムケは、双眼鏡で村内をくまなく捜索した。村には、移民たちが良く使っている農家1型と呼ばれる規格型家屋が道を中心にして十数軒並び、そこかしこに土嚢や家具で簡単な陣地が作られ、数人ずつの兵士が配置についていた。村の共同倉庫として使われていたと思われる平屋の建物の周りにAFSの足跡も確認できた。  
「しかし……動きが素人すぎる。傭兵軍の後方支援部隊ってとこだな」 
「我々に気づいたんでしょうか?」 
 同様に動きを観察していたクルツリンガーが言う。 
「いや、違う。接触したクレーテを部隊の先導と思ったんだろう」 
「どうしますか」 
 ラムケはしばらく考えていた。こちらの兵力は6機のPKAとパックレーテが1機。
「……奴らと傭兵軍を一度に相手にはできん。だからと言って、ここの傭兵軍だけで奴らを仕留められるとも思えん──下手に奴らが増援を呼んだらやっかいだ」 
 ラムケはコンラートを降着姿勢にすると、機体から這い出した。 
「ハルトヴィック! シャツを脱げ」 
「はぁ?」 
「いいから早くしろ」 
 ハルトヴィック軍曹は不思議な顔をしながらシャツを脱ぎ、ラムケに渡した。 
「くせぇな。家から新しいのを送ってもらえよ」 
 ラムケは落ちていた木の枝にシャツを結ぶと、肩に担いだ。 
「万が一俺が撃たれたら、クルツ、お前が指揮を執れ。ブレンネル、ついて来い」 
 ラムケは林から出ると、大きくシャツをふりながら村に向かって歩いて行った。後ろにつくブレンネル伍長も、グスタフの両腕を上げて敵意の無いことを示した。二人に気づいた傭兵軍の兵士が銃を向け、「止まれ!」と叫んだ。 
「指揮官と話がしたい。俺はシュトラール軍第892実験中隊指揮官のラムケ大尉だ」 
「後ろのPKAに乗っているヤツ、両腕を上げろ!」 
 ラムケにめくばせされ、ブレンネルはパワーアームから腕を抜き、コクピットの中で両腕を上げた。 
「そのままゆっくり歩いて来い。そこは地雷原だ、下手に歩くと吹っ飛ぶぞ!」 
 何が地雷原だ、埋めた跡なんかありゃしねぇぞ。と思いながら、ラムケは心の中で笑った。笑うと余裕が出てきた。うまく行きそうな気がしてきた。 
 数人の兵士が二人を取り囲んだ。 
「指揮官に会わせてくれ。大事な話がある」 
「待ってろ。少しでも妙な真似をしたらぶっぱなすぞ」 
 十分ばかり待つと、少佐の階級章をつけた痩身の男がやってきた。技術士官か何かだと思った。 
「傭兵軍第651医療大隊指揮官のマッカラム少佐だ」 
 ラムケは踵を打ち鳴らして敬礼した。マッカラムも姿勢を正して返礼する。 
「用件は何か。降伏勧告なら受け入れられない」 
「話は簡単だ。ある兵器を破壊するために協力してもらいたい。それだけだ」 
 ラムケの言葉に、マッカラムは怪訝な顔をした。 
「協力、だと?」 
「その通りだ。捕虜にしない代わりに協力してくれ」 
 マッカラムはラムケと、その後ろに立つブレンネルを見た。 
「……捕虜にしない、だと?」 
「ああ。俺らが追っている連中は、降伏勧告などしない。俺がさっき振り回していた臭ぇシャツの白旗も通用しない。そんな連中がここに向かってきている。俺らの任務は、そいつらをぶっ壊すことだ」 
「無人兵器か」 
「詳しい事は言えんが、察しの通りだ。どっちにしろ、交戦は避けられない。俺たちと戦い、その後にそいつらと一戦交えるか、それとも……」 
「……わかった。協力しよう」 
 ラムケは拍子抜けした。ここまであっさりと話がつくとは思わなかったからだ。そんなラムケにマッカラムは続けた。 
「こちらはそちらが何をしているのか詮索はしない。だからそちらも詮索は抜きにしてもらいたい。そして……仕事が済んだら、速やかにここから立ち去ってもらう」 
「もちろんだ」 
  
 シュトラール軍との共同作戦という異常事態に、傭兵軍の兵士たちは何が起こっているのか理解できずにいた。徹底抗戦を主張していた者もいないわけではなかったが、村に入ってきたラムケ達を見た時にはその考えを主張する声は無くなった。素人同然の140人と1機のAFSでは、ベテランの操縦する6機のPKAに勝つ事が不可能なことは誰もが判っていた。 
 そんな状況を見たラムケは、マッカラムにすべての事を打ち明けた。ただし、クリューゲクレーテが、次世代の無人兵器のテストベッドであることを除いて。戦術AIが暴走した無人兵器の群れがやってくる。それが俺たち全員を殺そうとしている。ラムケは兵士たちに聞こえるように話した。 
 ラムケの作戦は当たった。傭兵軍の兵士たちに正体不明の敵への恐怖心を植え付けるのに成功したのである。兵士たちはラムケを以前からの上官であるかのように信頼し、その命に従った。部隊の配置が変更され、装備が再分配された。ラムケが戦闘指揮を執り、マッカラム少佐は司令部となる家に陣取り、全体的な指揮を執ることになった。 
「こいつはスゲェ機体だ」 
 自機と僚機の整備を監督するために整備場にやってきたラムケは、整備ラックで出撃を待つAFSを見て感嘆の声を上げた。 
「無理やりあんたらのとこのG型のエンジンを乗っけた、でっちあげ機だよ。大尉」 
 キンデルバーガーがパイプをくゆらしながら現れた。中佐の階級章を見てラムケが敬礼しそうになるのを片手で制し、近くの汎用ボックスに腰を下ろした。 
「どうなるかと思ったが、思いのほかうまく行ったようだ──あんたらの機体については、この私が責任を持って整備する。心配は無用だ」 
「少佐から話は聞いてる。元から心配はしていない。スペアパーツも十分にあるようだからな」 
「さすがにパイロットのスペアは無いが、な。これに乗るのはど素人の中のど素人だ。戦力には数えない方がいいだろう」 
「移動できるレーザーガンだと思っておくよ」 
 ラムケはキンデルバーガーに軽く敬礼してその場を離れた。その姿を機材の陰で見ていたクリーズは、大きなため息を漏らした。 

 





 林の中から一発の信号弾が打ち上げられた。それは間をおいて、二発三発と次々と打ち上げられた。敵発見を知らせる報だった。 
「行くぞ! さっさと終わらせて帰るぞ!」 
 ラムケは右腕を振り、部下に前進を命じた。作戦は、ラムケたちがクリューゲクレーテを村の入り口に誘引し、ロケット弾とAFSの十字砲火で仕留めるという単純なものであった。 
「ナッツは目が悪い。クレーテを先に殺れ」 
 コンラートを中心に左右に2機ずつのフィンガーフォーメーションを取る。クルツリンガー機は、後方に位置し、索敵と後方防御を行っている。 
『3時方向にクレーテ!』 
『11時方向にクレーテ!』 
『パウケ! パウケ!』 
 クレーテを発見したブレンネルとハルツが発砲する。青白いレーザー光が空気を切り裂き、クレーテの装甲表面で弾ける。蜂の羽音のような1.5cm機関砲の発射音が響き、曳光弾が空間を満たす。 
『クレーテ撃破! 後方にもう1機!』 
『電信柱がいるぞ! 違う、タコだ!』 
『ナッツはどこだ!』 
「落ち着けガキども! タコ鳥だと? ハルツ! もう一度報告しろ」 
 白樺を盾に周囲を警戒しながらラムケは叫ぶ。妨害電波で雑音交じりのヘッドホンに、ハルツ軍曹の落ち着いた声が返ってくる。 
『間違いありません。クラッフェンフォーゲルです。さっきシュレッケで撃たれました』 
「どの辺にいる」 
『…………そこから10時方向、300m。太陽電池が吹っ飛んでます。第887強攻偵察中隊の所属機です』 
 戦場で損傷し、落伍した無人機をクリューゲクレーテはかき集めているのだ。ラムケは背筋に冷たいものが奔るを感じた。 
「観測射撃などされたらやっかいだ。さっさと片付けろ」 
『了解』 
 ラムケが走り出すと同時に木が弾けた。道路を射撃しながらクレーテが走ってくる。立ち止まり、レーザーの三連射を胴体に叩き込む。一瞬の間をおいてクレーテは前のめりになって倒れた。 
「親鴨から全家鴨へ。奴は増援を得ている可能性が高い。クレーテ以外の機影にも注意しろ」 
『ナッツを確認! 現在交戦中!』 
「奴は近くにいるか?」 
『見えない! 何も見えない!』 
 ブレンネルからの通信が不意に途切れた。通信妨害ではなかった。ラムケはくそっとつぶやくと、ブレンネルのいた方に向かって走り出した。 
「親鴨から家鴨2および白兎へ! 敵の大兵力と交戦中! ピーナッツとソーセージを前進させてくれ!」 
 小川を跳び越し、立ち木越しに見えるクラッフェンフォーゲルの感知ユニットめがけて射撃を行った。シュレッケ発射の白煙が見え、2発のシュレッケが飛んできた。咄嗟に頭部を両腕で護る防御姿勢を取った。シュレッケはコンラートの左右に着弾し、弾片が右のサイドキャノピに突き刺さった。 
『タコ発見! パウケ! パウケ!』 
 ハルトヴィックはシュレッケを発射直後のクラッフェンフォーゲルを発見すると、機体を縦に両断するかのように感知ユニットから胴体下の分析記憶ユニットにかけて、6発のレーザーを撃ち込んだ。クラッフェンフォーゲルはクルッと回ると、燃えながら地面に落下した。 
『タコ撃破。周囲に敵影無し。隊長、大丈夫ですか?』 
「右のキャノピを割られただけだ。ちょうどいい、ついて来い」 
『了解』 
『家鴨2より親鴨』 
「どうした?」 
『ピーナッツが到着。ソーセージは側面防御に回しました』 
 ラムケはクルツリンガー機の位置を確認すると、ハルトヴィックに先導を命じ、自らも移動を開始した。 
「そこに第二線を布け。奴らは結構やり手だぞ」 
『了解』 


 クルツリンガーは無線を切ると、30mほど横の溝に隠れているAFSの方を見た。PKAと違って頭まで完全に覆ってしまうAFSでは、パイロットの表情を読み取る事はできなかった。それでも、姿勢や動作から非常に緊張していることはわかった。 
「身体の力を抜くんだ。敵の動きはこっちで見ている。その時まで待てばいい」 
『……りょ、了解』 
 クリーズからの下手くそなドイツ語の返事が返ってくる。クルツリンガーは苦笑した。無事に作戦が終了したら、お茶に誘おうと思った。 
 戦術ディスプレイに変化が見られた。クルツリンガーはすぐさま有能な電子戦士官に戻ると、表示された情報を読み取った。数機の敵味方不明機が右翼から大きく回る形で村に接近してきていた。司令部の位置を村と判断したクリューゲクレーテが攻勢をかけてきたのだと予測し、すぐさま警報を発した。 
「2時方向、1500。クレーテ3機接近中。戦闘準備」 
 レーザーガンの安全装置を解除。シュレッケは無い。歩兵のロケット弾は当てにはできなかった。 
『ピーナッツ、射撃用意。そこから右に見える樹木に照準しろ。俺が撃ち始めたら、射撃を開始しろ』 
 ヘッドホンから流暢な英語が流れる。クリーズは緊張と暑さで流れ落ちる汗に眼をしばたかせながら、敵が出てくるのを待った。トリガーにかかる左の人差し指がカタカタと震えていた。 
『来るぞ!』 
 クルツリンガーの声と同時に、樹木の間からクレーテが姿を現した。1.5cm機関砲の銃身がクルッと回るのが見えた。すぐさまクルツリンガーが射撃を開始する。それに合わせて、クリーズも上半身を持ち上げて射撃を開始した。 
 撃ち放ったレーザーが太い枝を打ち飛ばす。コンデンサに蓄電されていくチーッという甲高い音がヘルメットに響く。マニュアルを無視して搭載されているレーザーガンは、戦闘用出力の射撃では数秒の蓄電時間が必要だった。機関砲弾が辺りにばら撒かれる。遮蔽にしていた土嚢や木箱が次々と破片となっていく。クリーズは声にならない悲鳴を上げた。 
 クルツリンガーの放った3発目のレーザーが、クレーテの後部冷却機を直撃した。冷却不良になったAIはすぐにオーバーヒートし、機能を停止した。 
『そこを出ろ! 左に100m移動。遮蔽を取れ』 
 クリーズは恐怖に駆られて走り出した。すぐさまパワーアシストにより走行速度が上がる。あっという間に駆け抜けていく景色に、クリーズはさらに恐怖した。 
 遮蔽物の向こうに転げるように入ったクリーズは、身体を反転させて顔を上げた。もう1機のクレーテが目の前にいた。距離50m。吐き気がこみ上げてきた。絶叫に近い大声を上げながら必死で腕を挙げ、トリガーを引いた。レーザーブリットがクレーテの砲塔に火花を上げながら食い込む。それでもクレーテは倒れなかった。機関砲が吼え、クリーズは衝撃を受けて仰向けに倒れた。目の前が暗くなった。 
「くそっ!」 
 クルツリンガーはレーザーを連射しながら一気に走りだした。クレーテが反応し、砲塔を向ける。その後部に待ち伏せ部隊の発射した100mmロケット弾が命中した。砲塔後部をごっそり打ち飛ばされたクレーテは、そのまま仰向けにひっくり返った。 
 後方にもう1機のクレーテがいた。クルツリンガーは振り向きざまに、連射を放った。レーザーは的確に機関砲のマウントを貫通し、搭載弾薬の誘爆を起こしてクレーテは脚部ユニットを残して吹っ飛んだ。 
『どうした?』 
「クレーテ3機を撃破。こちらはピーナッツがやられました』 
 クルツリンガーは倒れているクリーズに近づいた。主装甲に数発の被弾の跡がある。屈みこみ、身体を揺すってみた。反応は無かった。 
『奴は?』 
「確認できません」 
『こっちはナッツを捉えた。始末する。そっちはその場を動くな』 
「了解」 
 周囲に兵士たちが集まってきた。クルツリンガーは、クリーズの処置とロケットランチャーの再配置を命じた。 

 林道を走るナッツロッカーの姿は、大海原を行く鯨のようだった。ラムケとハルトヴィックは、機体が出せる限度いっぱいまで速度を上げ、それを追った。時折砲塔が旋回し、大口径のレーザー砲が唸るが、高速走行中のナッツロッカーからの射撃が、林の中を走るPKAに当たる可能性はほぼ0に等しかった。 
「シュレッケで足止めしろ」 
『難しいですよ』 
「いいから、やれ!」 
 ハルトヴィックは急停止すると、ナッツロッカーの前方に向かってシュレッケを発射した。爆炎がナッツロッカーの車体下部で起こる。 
「速度が落ちた。殺るぞ」 
『怖ぇな……大尉! シュレッケ、シュレーッケ!』  
 ハルトヴィックの声に振り返ると同時に、木立の影にシュレッケを発射したクリューゲクレーテの姿を発見した。咄嗟にレーザーでシュレッケの弾頭を撃つ。 
「見つけたぞ!」 
『ナッツロッカーを捕捉しました!』 
 ハルツの声が耳を貫く。 
「ナッツなら、ここで……」 
『……こいつ、別のナッツだ! キッペンベルク、来い!』 
 無線が途切れると同時に、林の彼方で数回の爆発音が響いた。 
「くそっ!」 
 ラムケは走り去るクリューゲクレーテを追って走り出した。その後ろを、4発のレーザーでナッツロッカーを沈黙させたハルトヴィックが追う。 
「まだ隠し玉を持っているようだ」 
『際限が無いですね』 
「奴を始末すれば終わる」 
 小川を跳び越し、藪を突っ切る。戦術ディスプレイ上では、クリューゲクレーテは村に向かっていた。ナッツロッカーもハルツらの攻撃を振り切るように大きく運動し、村に向かっている。 
「家鴨2へ。ナッツがそっちに行くぞ。突っ込まれんように注意しろ」 
『了解』 
 鳥のように大きく脚を上げて、クリューゲクレーテは走る。すでに砲塔側面のシュレッケは撃つ尽くしたらしく、ラックには何も残っていなかった。 
「ハルトヴィック、このまま追え。俺は先回りする」 
『了解』 
 ラムケは大きく横っ飛びすると、機体の自重に任せて藪を踏みつけ、一気に斜面を下った。 
「ハルツ、状況は?」 
『振り切られました。現在追跡中です。キッペンベルクが動力部をやられたので、退避させています』 
「キッペンベルクはブレンネルの救助に向かわせろ」 
『了解』 
 村が見える小さな崖の上に出た。クルツリンガーが村の前面に位置し、迎撃態勢を取っている。歩兵は家屋か壕に隠れているようだ。 
「家鴨2、聞こえるか?」 
『家鴨2、受信』 
「おまえのところから10時、200mのところで狙撃する。ナッツロッカーに攻撃を集中し、奴を油断させろ」 
『了解』 
「……来るぞ」 

 クルツリンガーは大きく手を振り、歩兵たちに合図した。発見されないために、ロケットランチャーの照準レーザーの照射はぎりぎりのタイミングまで待つことになっている。陣地に緊張が走る。 
 突然轟音とともに木々が裂け飛び、ナッツロッカーの巨体が姿を現した。炎上したらしく、車体表面の塗装が燃え落ち、真っ黒な装甲板を曝していた。 
「射撃、開始!」 
 クルツリンガーとナッツロッカーを追っていたハルツが同時に射撃を行う。ハルツの一撃が、後部動力部の装甲を貫通、エンジンを破壊する。 
『奴が林を抜けます!』 
「わかった」 
 ラムケは機体を安定させ、精密射撃モードに切り替えた。眼下に白煙が上がり、5発のロケット弾がナッツロッカーの胴体に叩き込まれた。それでもナッツロッカーの砲塔は旋回し、レーザーを撃ち続けている。そしてその横に、クリューゲクレーテが飛び出してきた。 
「喰らえっ!」 
 ラムケがトリガーを引くと、クリューゲクレーテが対レーザー煙幕を展開するのが同時だった。眼下が一気に白い煙に包まれた。 
「奴はどうなってる!?」 
『わかりません。ナッツの息の根は止めました』 
「絶対に逃がすな!」 
 ラムケは崖を飛び降りると、着地と同時にジャンプし、白煙の中に飛び込んだ。擱座したナッツロッカーの前を回り、クリューゲクレーテを見失った地点まで来た。歩兵たちの怒号が聞こえる。クリューゲクレーテは、村に突入したようだった。 
「村の中だ! 司令部を守れ!」 
 ラムケは走った。クリューゲクレーテの狙いは、各機の通信を中継している司令部に違いなかった。司令部を破壊する。それが対傭兵軍用にAIに組み込まれた戦術だった。 
 村の郵便局の角を曲がった時、目の前にクレーテがいるのに気づいた。単眼がこちらを見ている。 
「敵の戦闘指揮官を待ち伏せってヤツか」 
 クリューゲクレーテの1.5cm機関砲が、カクッと回る。ラムケはレーザーガンを上げた。 
「地獄に堕ちろ!」 
 砲声が響いた。目の前のクリューゲクレーテの砲塔側面に、大きな穴が開く。砲声は続けざまに響き、2発、3発と徹甲弾が装甲を貫いた。 
 唖然としているラムケの目の前でクリューゲクレーテは膝からくずおれ、横倒しになった。 
「…………そういえば、おまえのことをすっかり忘れてたぜ」 
 村の自動車整備工場の中で、ジャガイモ7は電波や赤外線を感知されないようにすべての電子兵装をOFFにして待ち伏せしていたのである。クリューゲクレーテも撃たれる瞬間まで、その存在に気づくことはできなかった。 
 ラムケはクリューゲクレーテの装甲板を引き剥がすと、オレンジ色に塗装された中枢AIが納められた対爆ボックスを引きずり出した。 
「さて、終わりにするか……」 
『──大尉!』 
 クルツリンガーの切迫した声に、ラムケは反射的に飛び退った。次の瞬間地面が巻き上がり、爆風が機体をひっくり返した。 
「何があったんだ!」 
 目の前にジャガイモ7がいた。その砲口から硝煙がたなびいている。 
『奴がまだ生きてます! ジャガイモ7も──』 
 ラムケはパックレーテを見上げた。自動装填装置の音が響き、次弾が装填されるのがわかった。通信機器の不良で遠距離から乗っ取ることができなかったジャガイモ7の乗っ取りに、クリューゲクレーテは最後の最後に成功したのである。 
「この、くそったれ!」 
 ラムケは対爆ボックスにレーザーの銃口を押し付けると、トリガーを引いた。しかし、レーザーは発射されなかった。愕然とするラムケの目の前で、パックレーテの砲塔に青白い光とともに孔が穿たれた。中枢AIを破壊されたパックレーテは、ラムケに砲口を向けたまま機能を停止した。 
 ゆっくりと立ち上がり、戦友を撃った機体の方を見た。そこには、満身創痍のAFSが立っていた。 


「協力に感謝する」 
 ラムケはコンラートのコクピットの中で敬礼した。機体後部に増設したラックに対爆ボックスがくくりつけられている。クリューゲクレーテの機体は、残ったシュレッケと爆薬によって徹底的に破壊した。 
「ブレンネル伍長については、こちらで責任を持って看護する。完治したら、赤十字を通して本国に送還されるだろう」 
「心遣いに感謝する」 
 マッカラムも返礼した。部隊の損害は皆無といってよかった。クリーズも、あれだけの攻撃を受けても右腕を骨折と胸部と腹部への軽い打撲で済んでいた。数に任せて、わずか数名になってしまったラムケたちを捕虜にすることもできたが、軍人として約束を違えるつもりはさらさらなかった。 
「それでは、また戦場で」 
 ラムケとマッカラムは握手を交わした。 

「行っちまったな」 
「まぁ、良くやったというとこですな。ところで、例の機体の方は……」 
 キンデルバーガーは片方の眉を上げながら、マッカラムを見上げた。 
「……さすがにあそこまでバラバラになっちまうとな。細かいところまでわからんよ。肝心の中枢コンピュータは、持ち帰られたからの」 
「そうですか……情報と機体。両方が手に入るチャンスだったのに……」 
「二兎追うものは一兎も得ず、だ。情報士官の命が助かっただけでも良しとしろ」 
 今も倉庫で看護を受けている情報士官は、シュトラール軍の新型無人兵器の調査を行っていた。戦場において観測したクリューゲクレーテの外見や動き、通信などに関する膨大なデータをその脳内に納めているのである。 
「迎えは何時来ますかね」 
「さぁな」 
 キンデルバーガーはパイプをゆっくりとくゆらした。 

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