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『深度50。進路クリア……ハッチオープン。グッドラック』 
 圧搾空気の泡に押され、潜水揚陸艦ネプチューンから1機のSAFSが弾きだされた。船体から十分離れた時点で頭部に設置されたバリュートが開き、機体は泡と同じ速度で浮上していく。 
 イワン・ニコライビッチ・ヘル少佐は、コクピット内で静かに時を待っていた。眼を閉じ、ブリーフィングの内容を反芻する。今回のミッションは難易度が高い。部隊の長として、そして歴戦の傭兵として、支払われる金に見合った仕事をしなければならない。困難な作戦を成功させれば、契約更新の際にはより高い階級や賃金が保障されるのだ。 
 これからの戦争はAFSのような装甲戦闘服が主流になると、ヘルは確信していた。そのためには、高い階級を得てより機密レベルの高い機材に触れる必要があった。この戦争が終わった後、次の戦場で戦うために。 
 各種センサーを装備したブイが海面に浮上する。周囲の赤外線や電波状況を走査し、データを送ってきた。上陸地点に敵がいれば作戦はこの段階で中止になる。幸い敵対行動を示すデータは無く、ヘルは最後のバラストを投棄し、一気に海面に浮上した。 
 光学サイトが海面を割ると同時に眼に飛び込んできたのは、一面の灰色の空と海だった。それらを背景にし、虫のように雪が舞っていた。 
「雪か……」 
 搭乗するラクーン仕様のSAFSは冬季の北米大陸ハドソン湾で活動することを考え、基本塗装のダークブルーグレーの上に迷彩として明度の高いグレーが吹き付けられていた。少しでも被発見率を下げることが単独索敵殲滅作戦を行うには重要なことである。 
 つま先が砂をつかんだところでバリュートをパージする。灰色の浮き輪はしばらく浮いていたが、小さな火薬の爆発とともに波間に消えた。帰りは時間どおりに到着するバスに頼るしかない。乗り遅れたら最後、二度とやってこないバスだ。 
 小さな砂浜に這い上がると、機体の各部のシールを剥がした。各部の機能が正常であることを確認し、かすれた低い声──他の傭兵たちには死人の声と呼ばれていた──でネプチューンに短い通信を送った。 
「各部異常無し。これより作戦終了まで電波戦闘管制を行う」 
 ネプチューンからの返信は無かった。通信ブイが海面から姿を消すと、ヘルは自分が独りになったことを強く感じた。 
 ヘルは上陸地点に捜索基点のマーカーを設置し、慣性航法装置にその情報を入力した。この基点を中心にした幅50km奥行き150kmの範囲が捜索エリアとなる。同時展開した僚機も、同様の索敵範囲で活動を行っているはずだった。消耗物資の残量確認を終えると、ヘルは雪で煙る森に向かって歩き出した。 
 降雪は行動開始から5時間後に激しさを増した。あっという間に周囲は白一色で塗りつぶされ、オプチカルシーカーのみでの行動は限界となった。メインの画像を、ハッチ上に搭載された新型の光学・IR複合センサーからの映像に切り替える。中枢コンピュータで処理され、雪をすべて消去した色調の乏しいのっぺりとした風景が網膜に投影される。 
 地面は凹凸の無い象牙色、乱立する立ち木は濃い緑色、背景は薄い灰色のグラデーションに変わった。その中で、輪郭だけを残して透明処理された自機の腕や脚が動いている。普通のパイロットなら、長時間この状態に置かれていると身体感覚を失ってしまうのだが、ヘルをはじめとする中隊員は訓練によりそれを克服していた。 
 20km移動した時点で使い捨てのセンサーポッドを地面に突き刺す。小さな木を模してあるらしいが、お世辞にも似ているとは思えなかった。センサーポッドは周囲に電波源や熱源を探知するとその情報を送るように設定されている。重要な機材であるが携行数に制限があり、設置場所には毎回気をつかった。 
 次の設置場所に向かいながら、ヘルは予感のようなものを感じていた。今回も金的を射抜くことができる、と。 


 独立第4装甲旅団は、2884年初頭から北アメリカ・ハドソン湾周辺に展開していた。麾下に3個の独立装甲連隊(2個大隊編成)を擁し、シュトラール軍の北米拠点であるシュパウヘンブルグ周辺での作戦行動を行っていた。 
 2885年3月、麾下部隊の一つである独立第45装甲連隊が作戦行動中に消息を絶つという事件が発生した。数ヶ月に及ぶ捜索の結果、連隊は宿営地で行軍準備中に大口径ロケット弾により砲撃され、通信を送る暇もなく全滅したことが判明した。 
 この後独立第4装甲旅団の作戦地域では、謎のロケット砲によるヒット・アンド・アウェイが繰り返され、旅団はもちろんのこと同地区に展開する多くの独立民兵軍も多大な損害を受けるようになっていた。旅団司令部はロケット砲を捕捉するべく、幾度と無く偵察部隊を送り込んだが、全ては徒労に終わった。 
 2885年末。傭兵軍は北アメリカでの勢力圏を塗り替えるべく、シュパウヘンブルグの攻略を画策し、多くの兵力と機材を集結し始めていた。だが謎のロケット砲は、その補給路や集積所への襲撃を繰り返し、作戦発動は予定より大きく遅れてしまっていた。 
 そこで旅団司令部は特殊部隊を編成し、このロケット砲を捕捉・撃滅するための作戦を立案した。傭兵軍総司令部はこれを承認し、北アメリカ方面軍軍司令部付第5特殊戦術偵察中隊をこの任に充てることとし、すぐさま部隊をハドソン湾へと移動させた。 
 第5特殊戦術偵察中隊は、R仕様SAFSによる前線後方への長距離浸透偵察や、少数機での重要拠点襲撃を専門に行う特殊部隊であった。ヘル少佐に率いられたわずか12人のパイロットは、これまでに数個大隊のそれに匹敵する戦果を挙げており、方面軍軍司令部にとっては虎の子的存在であった。 
 中隊が装備するSAFSは、機体各部を様々な特殊任務に対応できるように改修されていた。左腕には現用のものより強力な新型レーザーガンが装備され、シーカーやセンサー系はラクーン以上に強化されていた。パイロットもそれら特殊任務に適合した者たちだけが選抜されていた。 
 常に氷のように冷静で、情報や戦況の分析を常に客観的に行える者たち──他の部隊の者たちは、彼らを「死人」と呼び、畏れると同時に「人間であることを忘れた人間」として軽蔑していた。 
 ハドソン湾に到着した第5特殊戦術偵察中隊は、まず6機がそれぞれの分担地域に投入された。1回の作戦は5日間を単位とし、任務を達成できなかった場合は、先の6機が引き上げ次の6機が投入される。これがロケット砲を捕捉するまで続けられる事になっていた。 

 センサーポッドからの情報が届いたのは3日目の昼過ぎだった。ヘルは歩を止めると戦術ディスプレイに表示されるデータを読んだ。複数の移動体が感知されたのは、現地点から西に60kmの凍った湖畔の近くだった。移動体はセンサーの感知範囲に南西から進入し、北東に抜けていた。速度は約80km/h。この辺りでその速度で移動できる物体は無い。例のロケット砲としか考えられなかった。 
 ヘルは航法データを網膜投影システムにオーバーラップさせると、歩速を上げた。SAFSの歩行速度では数時間かかる距離だ。移動体そのものを捉えることはできなくても、尻尾を掴むことはできるだろうと思った。 
 雪の中を3時間ほど走り、移動体を捉えたセンサーの感知範囲まで到着した。周囲10kmほどの湖畔は針葉樹の森の中にある。敵からの探知を警戒し、機体の熱が下がるのを雪の中で待った。雪は降り止む気配が無かった。このままでは移動経路の捜索も難しい。 
 その時、灰色の空を切り裂く轟音が鳴り響いた。音響センサーが警告音とともに方位と距離を表示する。頭を振り向けた先に、雪雲を赤い炎で照らしながら上昇していくロケット弾が見えた。数秒後、さらに6発のロケット弾が数ミリ秒の差をつけて次々と発射され、モーターの灰色の煙を残して雲中に消えていった。 
 北北東。距離9800。素早く航法装置にデータを入力し、ヘルは飛び跳ねるように走り出した。ついに尻尾を掴んだのだ。喜びは無い。あるのはこれから遭遇するであろう敵にどのように接触し、どのように対応するかだけだった。 
 欺瞞進路を取る気は無かった。敵がこちらに気づき、対応されるまでのわずかな時間が惜しかった。ただでさえ射撃時の非発見率の高いロケット砲はいつまでも同じ場所にはいない。時間が勝負だった。 
 対レーダーセンサーの警報が鳴る。索敵機に捕捉されたのは間違いなかった。さらに速度を上げる。甲高い警報音がヘッドホンに鳴り響く。射撃管制用の収束されたレーダー波を捉えたのだ。反射的に吹き溜まりに身を投げ、空気を引き裂いて飛来したレーザーの射線をかわした。 
 眼前の木々の間に、蜘蛛のような細い構造を持つ機体が姿を現した。最近前線で目撃されるようになったノイスピーネだった。正式名称など知らない傭兵軍の前線部隊将兵は、その姿から「カニ」や「クモ」と呼んでいた。 
 ノイスピーネは、反重力機特有のクラゲのようなフワフワとした動きで木々を抜けてきた。ヘルは立ち上がるとレーザーガンの安全装置を外し、ノイスピーネに向かって射撃を行った。ノイスピーネは射撃を予期していたかのようにしゃがんで避け、低出力だが長射程のレーザーガンを装備した腕を伸ばした。連続した射撃がヘルが先ほどまでいた所を貫く。ヘルはノイスピーネが射撃姿勢を取るまでのわずかの間に右に移動し、射撃を終えたノイスピーネを側面から撃った。 
 ナッツロッカーの正面装甲ですら卵の殻のように粉砕する新型レーザーガンの威力は凄まじく、ノイスピーネはエンジンブロックを吹き飛ばされ、文字通りバラバラになった。 
 射撃位置を捕捉されないように素早く移動する。偵察機に発見されたとなれば、護衛部隊との交戦は避けられない。相手が態勢を立て直すわずかな隙をつくしかなかった。 
 2時方向に猛烈な雪煙を発見した。ホバー系車輌が移動している証だった。ヘルはノイスピーネの追撃を振り切るために、密生した森林の中に潜り込んだ。センサーの警告が鳴り響き続ける。周囲に最低でも4機の敵機がいた。しかし、こちらの位置を精確に掴んでいる者はいない。ここでECMを作動させ、周囲のレーダーにマスキングをかける。ノイスのAIはノイズに満ちた情報から、こちらを探し出そうとやっきになっているだろう。時折短い射撃レーダー波が放たれるが、まったく違う方向を指していた。 
 雪煙が近づいてきた。ヘルは大木を遮蔽物にしてレーザーガンを構えた。次の瞬間、真っ白なスクリーンを突き破って、白と灰色で彩られた巨体が姿を現した。スフィンクス。ドールハウスに対抗するがために開発された重自走ロケット砲だ。100トンをゆうに越える双胴の車体が、積雪を吹き飛ばしながら加速していく。 
 レーザーガンの出力を最大にし、スフィンクスの右ホバーユニットを狙い撃った。装甲板が破裂する轟音が響くと同時にスフィンクスの軌道が曲がった。推力を失った右車体がデッドウェイトと化し、車体が右に曲がろうとする。エンジン音が高まり、それを強引に立て直そうとするが無理だった。スフィンクスは数本の大木を圧し折り停止した。 
 ヘルは停止した車輌の後方に同系の大型車輌を発見した。砲塔にクレーンが装備されているのを見て、それが弾薬運搬車であると判断した。断続的な射撃を叩き込み、ホバー部を完全に破壊する。続けざまに後部カーゴベイに射撃を加えると、搭載弾薬が誘爆を起こした。猛烈な炎と爆風が装甲板を叩く。2輌のスフィンクスは激突し、たいまつと化した。 
 任務は半分だけ達成された。ロケット砲の正体を掴み、それの撃破に成功したのである。もう2、3輌のスフィンクスがいるかもしれないが、正体が重自走ロケット砲だとわかれば対応することは容易かった。問題は、この情報を無事に持ち帰ることだった。 
 ヘルは誘爆を続けるスフィンクスに背を向け、一目散に走り出した。シュトラール軍側も、ヘルを黙って帰すわけがない。偵察情報を持ち帰らせなければ、新しい車輌や機体を投入し、作戦を続行できるのだ。 
 後方からの索敵レーダーの密度が高まった。ノイスピーネより速度のある機体が追撃に加わったのだろう。遠目につきやすい航空機ではない。だとすれば、ホバー車輌しかない。 
 素早く機体を横滑りさせ、ECMを切る。ノイス以上の大型機はECCMにパワーを回すことができる。そうなれば自機からの発信はわずかなものでも避けるのが得策である。 
 スフィンクスの誘爆はまだ続いていた。周囲の森林にも火災が発生している。その熱が赤外線系センサーを撹乱していた。光学・赤外線センサーを封じられた状態では、無人機はその能力を著しく低下させられる。 
 ヘルはハッチを開いた。わずかに開いた隙間から周囲を見る。無人機には無いセンサー、裸眼を使うのである。すり抜けられる木々の隙間を見つけ、そこに滑り込む。数発の小型ロケット弾が、それまでいたところに着弾した。爆発片の大半は積雪に吸収されたために被害は無い。 
 首を回し敵を探す。燃えるスフィンクスを背に現れたのは、ノイスポッターの頭部を持つ無人ホバー偵察車オスカーだった。オスカーはヘルに気づかず、高速で真横をすり抜けていった。ヘルはハッチを閉じ、オスカーから離れるように走り出した。すぐに発見されるだろうが、木々の間に潜り込んだAFSを狙撃できるだけの能力はオスカーには無い。 
 目論見どおり襲撃地点から数kmは離れることができた。受動レーダーには、付近を捜索するオスカーらしき機体が発するレーダー波がいくつか引っかかってはいたが、こちらを見つけたような雰囲気はなかった。ヘルはいつものように、機体の発熱を抑えるようにゆっくりと歩き出した。 
 異変を感じたのはそれから数時間後のことだった。受動レーダーに短い射撃レーダー波が捕捉されるようになったのだ。 
「……衛星か!」 
 その直後、大口径レーザーによる照射が脇を掠めた。雪が一気に蒸発し、水蒸気が辺りに立ち込める。ヘルは跳躍し距離を取り、大出力の電子妨害を放つ。射撃レーダーが乱れ、入れ替わるように広範囲の索敵レーダー波が周囲に満ちた。 
 シュトラール軍はヘルの捜索に、上空に占位している偵察衛星を使用したのである。ヘルを捕捉した衛星は、シュパウヘンブルグの中継局を中継し、捜索部隊に状況を送っていた。 
 ヘルはまずは追尾してくる敵の正体を知ろうとした。ナッツロッカーにしては動きが素早い。小型のオスカルに大口径レーザーを搭載しているという話は聞いたことがなかった。では、相手は何なのか。 
 この追跡者を破壊しなければ、ヘルに生き延びる道はなかった。衛星の眼を逃れることができるとは思えなかった。機体を捨てるという手段もあったが、極寒の地で生き残ることはできない。ならば、答えは一つしかない。 
 ECMを作動させ、敵のレーダーにマスキングをかける。敵に自分の居場所を示すのだ。予測どおり未確認の敵は索敵レーダーの発振をやめ、射撃レーダーに切り替えてきた。こちらの受動レーダーを驚かせるためだ。無人兵器にしては良くやる。とヘルは思った。 
 レーダーのスイープパターンが変化するタイミングを見計らって、ヘルは遮蔽物から飛び出し、次の遮蔽物に向かって走った。その動きに敵機が感づいたようだった。この狐は少々トロいなと思いながら、機体前部のシーカーを動かして真横にいるであろう敵機の姿を確認しようとした。 
 敵機はヒマラヤ杉の大木を圧し折りながら姿を現した。のっぺりとしたナメクジのような機体。頭の部分にはノイスポッター系の光学ユニットが光っている。F-Boot。北欧の某海岸で行われたSAFS中隊による上陸作戦を、たった1輌で粉砕した怪物である。狐だと思っていた敵は、凶暴な灰色熊だったのだ。 
 ヘルは先ほどの射撃が、F-Bootからのものであることを確信した。搭載砲の威力は凄まじく、SAFSを文字通り真っ二つにするほどである。正面切っての交戦は絶対に避けねばならなかった。このまま逃げ続け、迎えのネプチューンのところまで引っ張っていくのは論外である。そうやって件の上陸部隊も母艦を失っているのだ。 
 F-Bootを殺る。それしかなかった。 
 ヘルは密生したヒマラヤ杉の森の中に逃げ込んだ。わずかではあるが時間が稼げる。F-Bootは、自分の眼として、複数のオスカーとノイスピーネを放っている。これらのものに見つかれば、遠距離から狙撃されてしまう。 
 ギャンブルしかなかった。ヘルは残った2基のセンサーポッドを用意すると、木の陰に設置した。そして、自分はそのちょうど真ん中の吹き溜まりに機体を埋めた。全てのセンサーを殺し、エンジンも停止した。装甲板からしみこんで来る寒さも、血管を巡っていく薬の力によって感じられなくなった。ヘルは仮死状態となってその時を待った。 


 警報が鳴った。ヘルはわずか数秒で覚醒し、反射的にエンジンを始動させた。網膜に飛び込んできたのは、わずか30m先にいるF-Bootの巨体だった。 
 雪を割り、SAFSが姿を現す。センサーポッドを解析していたノイスピーネが振り向く。が、ヘルはそれを無視して抜き撃ちのように左腕を上げた。トリガーを引き絞ると同時に、最大出力に設定したエクサイマーレーザーが吼える。F-Bootの装甲表面に火花が散り、装甲が爆ぜた。もう1発をその奥に向かって叩き込む。 
 F-Bootが急旋回した。車体前部に固定された大口径レーザーを放とうとするが、ヘルはすぐさまそちらに銃口を向け、短い連射を砲口から光学ユニットに向かって続けざまに叩き込んだ。 
 雪煙をあげてF-Bootが沈黙する。指揮官機を失ったノイスピーネがクラゲに似た動きで後退していく。ヘルは高鳴る胸を沈めながら慎重に照準し、ノイスピーネの分析ユニットを撃ち抜いた。 
 数発のロケット弾が飛来した。側面警戒のオスカーからの砲撃だろう。が、ヘルはそれを無視して邂逅場所の海岸を目指して走った。仮死状態になっている時間が余りにも長すぎたのだ。バスの出発時刻はもうすぐだった。 
 海岸にたどりつくと、1隻のガンボートが待っていた。ガンボートの艇長はヘルの機体が重いと文句をつけたが、司令部に作戦成功を報告するヘルを、熱いコーヒーで祝福した。 
 シュトラール軍第904独立砲兵(R)大隊は、この戦闘以後活動を休止し、シュパウヘンブルグ方面へと撤退していった。これにより傭兵軍はシュパウヘンブルグ攻略への部隊配備を進めることができるようになったのである。 


『分離まで30。分離軌道上の障害物は叫ぶ骸骨どもが対応する』 
「了解」 
 イワン・ニコライビッチ・ヘル中佐は、いつもの声で管制官に応えた。 
 バナナボートから卵が分離される。月への降下軌道に欺瞞した地球高緯度への楕円形の投入軌道。目的地への到達は4日後になる。 
 他のコンテナから射出されたスクリーミング・スケルトンズのファイアーボールSGは、接近してくるエッグイーターとの交戦に入った。ヘルのコンテナは無視され、しばらくすると多くのデブリの中にまぎれこんだ。 
 ヘルはコンテナの中に納められたシーピッグの中で、ゆっくりと時が過ぎるのを待っていた。今回の敵は、自分を苦しめたあの偵察衛星だった。 
 今回も必ず敵を倒し、そして帰還する。かつての部下たちも、その思いを胸にそれぞれの戦場で戦っているだろう。 
 死神の鎌は、すでに死んでいる人間には届かないのだ。 

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