top of page

 赤錆びたオーストラリアの砂漠の上を、J 40(S)軽ホバー戦闘機の群れが飛んでいく。 
 2884年10月。新兵器AFSの登場により圧倒的優勢を得ていた傭兵軍の勢いが、対抗兵器であるナッツロッカーの登場により弱められ、それまで守勢にあったシュトラール軍が攻勢に転じていた。オーストラリアは両軍の主力が真っ向からぶつかる主戦場として、毎日が戦いの中にあった。 
 下編隊の右端に位置する機のコクピットで、アリス・スティングレイ少尉は果てしなく続く空を見つめていた。 
 彼女らの乗るJ40(S)戦闘機は、2875年にシュトラール軍に制式採用されたPK40ホバー航空機をフルコピーした機体である。分類名の通り、翼による空力ではなく、機体下面に装着された4基のノズルから噴出す噴流により浮揚するものであった。航空機というより、ヘリコプターに近い機体である。惑星間輸送を重視した機体は小型で、レーダーはじめとする索敵装備は最低限度のものしか装備されていなかった。それもそのはずで、シュトラール軍は本格的空戦性能を本機に求めてはおらず、軍警察の任務の支援用程度の性能が発揮できれば良しと考えていた。傭兵軍は生産性とメンテナンス性で優秀な本機を、いつかは登場するであろう本格的戦闘用航空機の出現までの間のストップギャップとして採用したのである。 
『ターポンより各機へ。そろそろ戦闘空域に入る。警戒を怠るな』 
 隊長機から、いつも変わらない通信が入る。 
「言われなくてもわかってるわ」 
『スティングレイ、通信をするときはまず名乗れ』 
「いちいちめんどくさいのよ。あたしの可愛らしい声、誰だかわかるでしょ」 
 アリスは酸素マスクの中で笑うと重い防弾ヘルメットのバイザーを上げた。バイザー越しの微かに歪んだ視界では索敵に支障が出るとアリスはいつも思っていた。コクピットと空を隔てるキャノピですら邪魔だと。 
 空と地面を架空のグリッドにわけ、そこを順繰りに蒼い瞳で丹念に"見て"行く。広い平原がどこまでも続く農業惑星で生まれ育ったアリスの視力は2.0を遥かに越えていた。その強力な視力は、時には機に搭載されているレーダーを上回る性能を発揮していた。アリスはその視力を武器に、まだ20歳に満たない年齢ながらも、シュトラール軍の外人部隊内で頭角を現し、外人部隊が傭兵軍に寝返った時には士官任官を果たしていた。 
『接敵後は打ち合わせの通りだ。爆装機は対地支援に徹しろ。スティングレイ、特にお前は気をつけろ』 
「わかってますよーだ」 
 アリス機の胴体下には2発の短距離ミサイルが搭載されている。この日のJ40の編隊の任務は、前線の制空権確保と地上部隊の支援であった。 
 眼下に傭兵軍が支配するオアシスが見えた。オアシスを取り囲むように塹壕が掘られ、各所に火点や軽戦車が配置されている。そして陣地に向かって突進してくるシュトラール軍機甲部隊の姿も見える。さらにその上空には、敵戦闘機の姿もあった。 
『お客さんだ。各機散開。制空任務機は前進』 
 編隊が分かれる。アリスは機を降下させつつ、一番価値がありそうな目標を探した。 
『こちらアナグマ1。上空の味方機、支援を頼む! ナッツロッカーの姿を確認している!』 
「ナッツ! どこよ? どこ?」 
 アリスは地面を注視した。砂煙を盛大に巻き上げて機甲部隊が走る。その中に一際大量の砂煙を吐き出す車輌の姿があった。ナッツロッカー。シュトラール軍虎の子の無人ホバータンク。 
「こちらスティングレイ。ナッツを捕捉したわ。これより攻撃をかける」 
 J40が機敏な猛禽のように機体をひるがえし、一気に降下する。 
 地上の歩兵部隊は迫るナッツロッカーの巨体に士気を破壊され、塹壕から逃げ出し始めていた。陣地にAFSの姿は無い。あったとしてもナッツロッカーには歯が立たない。それもそのはずで、対AFS兵器として作られたナッツロッカーの装甲はAFSの火器をはじき返し、搭載する主砲はAFSを簡単に破壊するのである。 
 ナッツロッカーのレーザーカノンが火を吹く。陣地から機動戦に持ち込むために動き始めていたY-15軽戦車が一瞬で撃破される。何とか勇気を保ち火点を保持していた重火器班が、100mmロケット弾を発射する。ロケット弾はナッツロッカーに命中するものの、ナッツロッカーの突進を止めることはできなかった。 
 アリス機は陣地の上空で水平飛行に移ると、ナッツロッカーに向かって突進する。コクピット下部に発射炎がきらめき、発射された14.5mm機関銃弾がナッツの正面装甲から砲塔に向かって命中する。もちろんそんな豆鉄砲で装甲に傷一つつけることはできないが、注意をそらせることはできた。敵戦車の真上を高速で駆け抜ける。ナッツロッカーは停止すると砲塔を高速で旋回させ、レーザーを上空に向ける。 
「あたしを墜とそうなんて100年早いのよ」 
 左右のフットペダルを素早く踏みかえ、機体を振る。レーザーの射線が空を裂く。 
「さて、こっちの番よ」 
 機体を反転させる。火器管制装置を切り替え、機体下部に搭載されているミサイルを活性化させる。 
 ナッツロッカーは砲塔を後ろに向け、可動式のレーザーカノンでJ40を狙撃しようとしていた。 
「遅い!」 
 ミサイルが発射される。発射と同時に機体を急制動させ機首を上げるとホバリングし、糸の切れた凧のように空中を後ろに下がる。ナッツロッカーのAIは、飛び去っていくJ40かミサイルを迎撃するかで一瞬だが迷う。その迷いが命取りとなった。飛来したミサイルはナッツロッカーの車体後部のエンジン冷却システムを直撃した。 
「命中!」 
 アリスは酸素マスクを外すと、満面の笑みを浮かべた。 
 ナッツロッカーは車体後部から黒い煙を噴き出させ、その場から動く事ができなくなった。邪魔になる煙を避けてレーザーを発射しようと砲塔を左右に振っているが、どうしようもできなかった。J40の姿勢を元に戻し、止めを刺すためにホバリングさせた。 
「これで終わりよ」 
 もう一発のミサイルを発射する。ミサイルはもう一度エンジン冷却システムに命中し、破孔から盛大な火柱が噴き出した。砲塔の旋回が止まり、ナッツロッカーは動かなくなった。 
「アナグマ1。ナッツは撃破したわ。聞いてたら返事なさい」 
 地上からの返事は無かった。逃げ出した歩兵たちのどれかだったのか、それとも他の車輌にやられたのだろう。 
 アリスはナッツロッカーの頭上を低速で駆け抜けて、眼下の敵が沈黙したことを敵味方に示してみせた。 
「さてと。次はっ、と」 
 頭上に眼を向ける。上空では、J40とPK40が互いの後ろを取り合う空戦を行っていた。J40はPK40の完全コピー機なので、外見上の区別はできない。両軍とも区別のために機体に識別帯を塗っており、それで区別するしかなかった。 
 眼を大地へと向ける。ナッツロッカーを撃破したことにより、機甲部隊は前進の勢いが殺がれたようだった。他の対地支援機が緩降下しながら地上を掃射しているのも見える。 
 アリスは進撃を続けるシュトラール軍戦車に機首を向けた。機銃しか武装は残っていないが、上空から車体後方を狙えば効果があった。 
「これでも喰らえっ!」 
 機銃を撃ちまくりながら敵車輌群の上空を飛ぶ。数輌の戦車が直撃を受け停止する。乗員がハッチから転がり出るが、陣地からの機関銃の射撃で撃ち倒される。 
 掃射を終えて上昇する。機甲部隊は完全に勢いを失い、後方の歩兵部隊は反転しつつあった。逃げ出していた傭兵軍の歩兵部隊も陣地に戻り、逆襲をかけるべく車輌が動き始めてもいた。今日のここでの戦いは傭兵軍の勝利で終わりそうであった。 
 その時である。 
『──なんだ、この機体は──速いぞ! PK40じゃない』 
『真後ろにいる! 振り切れない!』 
『ブレイクしろ! ブレイク! スターボード!』 
 ヘッドホンに味方機の悲鳴が響いた。視線を頭上に向けると、見慣れない機体に追い回される味方機の姿が見えた。 
「何、あれ──!?」 
 胴体はPK40に似ているが、機首が違っていた。丸いキャノピが陽光を反射している。 
「人──?」 
 アリスのよく見える眼は、不明機の機首に座る人型の何かを捉えた。それが何を意味しているのかはわからなかった。 
 周囲を見回し、対地支援任務機の各機に手で合図する。不利になっている味方を救うことが、今は必要なことであった。編隊を組み、上昇する。 
 敵機は次々とJ40に煙を噴かせると、次なる目標を探すべく機動していた。 
『ターポンから各機! ただちに逃げろ! 空戦はするな! ただちに──』 
 隊長機からの通信が途絶える。視線の先で隊長機は胴体から火を吹き、地面に向かって墜ちていった。 
 上昇するJ40の頭上を抑えるように敵機が降下してくる。人型のキャノピ越しにシュトラール軍パイロットの姿が見える。胴体下部が光り、曳光弾の流れがザッと降ってくる。アリスたちはそれをかわすが、そのために高度を上げる事ができなくなった。そこから先は一方的な空戦となった。J40は急降下して逃げるしかなかった。 
 アリスの背後に敵機が食らいついた。アリスは振りかえり敵機の動きを見、敵の射弾をかわす。 
「なにくそっ!」 
 アリスは操縦桿を思いっきり引き、スロットルをめいっぱい押し込む。機首があがり、J40は後部エンジンの推力だけで、空中で棒立ちになる。さらに機体下部エンジン4基の力で今まで向かっていた方向とは反対に飛ぶ。突然のアリスの機動に、追っていた敵機は付いていけずに真下を通過していった。 
「今だっ!」 
 空中でくるりと回る。この一連の機動はアリスが得意としている機動であった。アリスがスティングレイ=アカエイとあだ名されるゆえんであった。アリスは敵機の後方に付くと、機銃を撃ちはなった。機銃弾が敵機を捉え、破片が飛び散るのが見えた。 
「へへっ! これで終わりだ!」 
 続けて射撃を行おうとした瞬間。機体を衝撃が貫いた。 
「な、何っ!」 
 計器に眼をやると、下部ノズル2基が破壊されたことがわかった。さらに衝撃が走る。 
「真下かっ!」 
 眼下にあの撃破したはずのナッツロッカーがいた。完全に破壊されてはいなかったのだ。 
 ふらつきだした機体をどうにか制御する。もはやこうなっては空戦もクソも無い。逃げるしかなかった。 
 もう一機の敵機が上空から降下してくる。発射される機銃弾がアリス機を捉える。破片が飛び散る。 
 キャノピが砕ける。アリスは出来る限り味方陣地に近い場所を狙って不時着しようと機を操った。落下傘降下するには高度が低すぎた。 
「……!!」 
 機銃弾が機首辺りに集中する。構造物が破片の嵐となってコクピット内を飛びかう。破片はアリスの飛行服を切り裂き、そのうちのいくつかが身体にめりこんだ。 
 血が飛び散る。激痛に仰け反るアリスの顔面を衝撃が貫いた。 
 追っていた敵機は、煙を噴き墜落していくアリス機の撃墜が確実と見て、後方から姿を消した。 
「…………っ」 
 アリス機は徐々に高度を下げるとオアシス陣地のすぐ横の砂丘に墜落した。砂煙と黒煙が立ち上った。それを見ていた陣地の歩兵たちが塹壕から飛び出してくる。 
「──おい、あいつ!」 
 機体にたどりついた歩兵たちが見たのは、シートに仁王立ちするずたぼろになったアリスの姿だった。 
 
「衛生兵! 早く来てくれ!」 
 アリスは赤く染まる視界で空を見上げた。 
「……くそったれ」 
 つぶやくと、アリスの意識は途絶えた。 

 数ヶ月が経った 
 アリスは街のバーにいた。 
 空軍の制服の上にコートを羽織り、何者も近づけようとしないオーラを放ちながら、独りグラスを傾けていた。 
 見事な長い金髪を見て、男たちが声をかけるが、振り返ったアリスの顔を見て言葉を失った。 
 アリスの右眼があった場所は大きな黒い眼帯で隠されていた。 
「何か、用? このあたしに」 
 酔っ払ったアリスは男たちにそう言うと、大声で笑ってみせた。そしてバーテンに酒を求め、それを一息にあおるのだ。 
 そんな毎日が続いていた。 
 アリスは翼を失ったのである。傭兵軍には片目、しかも利き目を失ったパイロットの居場所は無かった。戦闘機はもとより、輸送機ですらそんなパイロットには操縦を許可しなかった。アリスは考えられるすべてのコネを使って現役に復帰しようとしたが、ダメであった。軍は奮戦する彼女に退役通知を送りつけ、すべての決着をつけた。 
 その日もアリスはそこにいた。 
「探しましたよ。アリス・ムアコック少尉」 
 アリスは自分の後ろにスーツ姿の男が立っていることに数瞬後に気づいた。アルコールの効果でトロンとした眼をそちらに向ける。 
「……誰、あんた」 
「ポール・マシュー。好きなように呼んでください」 
 そう告げた男はアリスの横に腰掛けた。アリスの顔から一瞬も眼を離さずに。 
「何の用よ」 
「あなたに良い知らせを持ってきました」 
「──良い知らせなんてあるわけないじゃない!」 
 アリスはグラスをカウンターに叩きつけた。 
「ボロ雑巾のあたしに何ができるというのよ。翼を失ったあたしに」 
 酒をあおる。中身が無くなったグラスを持ったまま、アリスはマシューに顔を近づける。 
「飛べない豚はただの豚って、昔に誰かが言ってたわ。飛べない豚よ、あたしは──おかわり」 
 バーテンがグラスに酒を注ぐ。 
「──それとも、あたしのカラダが欲しいの? そっちの仕事の話とか?」 
 マシューは真顔で言った。 
「その通りです。我々にはあなたの身体が必要なのです」 
「はぁ?」 
「あなたでなければ務まらない任務です」 
 アリスはマシューの顔を見つめた。マシューは微笑んではいるが、そこからは真剣さが感じられた。 
「あなたには、飛んでもらいます」 
「──飛ぶ──」 
「あなたにその意思があれば、私と一緒に来てください。そのための書類は用意してあります。あなたは少尉として現役復帰し、任務についていただきます」 
 マシューは持参してきた書類を取り出し、ペンと一緒にカウンターに置いた。 
「あたしが……飛ぶ──」 
「こちらにサインをお願いします。それですべてが決まります」 
 アリスはペンを取った。書類は見慣れた傭兵軍の雇用契約書であった。 
「あんたが天使に見えるわ」 
「悪魔は天使の姿をして現れると言いますよ。私は悪魔かもしれません」 
「それでも構わないわ。飛べるなら」 

 サインから二日後。アリスは北米大陸にいた。 
 乾ききった白っぽい大地がどこまでも続く場所だった。基地のすぐ近くにはグルームレイクと呼ばれる乾いた湖があった。 
 端に「51」と書かれた長い滑走路の脇には建物と格納庫が並び、行き交う人も多かった。輸送機から降り立ったアリスは、建物一つに案内された。 
「ここが私たちの部隊です」 
 広いスペースを持つ研究施設であった。デスクにはPCが並び、さまざまな機材が部屋を埋めている。 
「ここで新型機の研究開発を行っています」 
 白衣に着替えたマシューが言う。白衣の下の制服には技術少佐の階級章が見えた。人員の反応から、マシューがこの施設の最高責任者であることがわかった。 
「で、飛行機はどこに?」 
 一通り見回したアリスは言った。 
「飛行機はまだありません。開発中です」 
「じゃぁ、あたしの出番は無いわけね。騙されたわ」 
「騙してはいませんよ。あなたでなければできない仕事があります。今から仕事を始めてもらいましょう」 
 マシューに案内されて、部屋の隅にある小型自動車ほどの大きさがある機材の前まで来た。 
「なぜあなたが選ばれたのか理解できると思います。中に入ってください」 
 傍らのPCを操作すると、機材の上にあるハッチが音もなく開いた。アリスはタラップを使って上にあがると、ハッチから中を覗き込んだ。座席が一つあるだけで、他には何も無い。 
「これのどこが飛行機なのよ」 
 ぶちくさ文句を言いながらアリスは座席につく。四方と天井にはのぞき窓一つ無い。ハッチの裏には何やらアンテナのような突起があった。 
「ヘッドホンをつけてください。ハッチを閉じます」 
 ヘッドホンを付けるとハッチがゆっくりと閉まった。どこにも隙間が無いためか真っ暗闇に包まれた。 
「これが何の……」 
 アリスが言いかけた瞬間、後頭部の髪が総毛立ち、そこから何かが入ってくるような感覚が走った。 
 次の瞬間、アリスは外を見ていた。 
「……これは」 
 のぞき窓一つ無かったはずの機材から外が見えていた。機材の脇に立つマシューと数人の研究員の姿も見えた。 
「どうですか? これは『間接視認システム』です。私が見えていますね」 
「よく見えてるわ。どういう仕組みかは全然分からないけど」 
「"右方向"はよく見えていますか?」 
 一瞬言われた事を理解できなかった。アリスは右方向を見た。 
「……よく見えているけど、それがどうかしたの?」 
「見えているんですね──見えないはずなのに」 
 アリスは驚いた。あの日以来、右方向は視野がほとんど無くなっていたのだ。それが今は見えているのだ。 
「私があなたを選んだ理由が分かっていただけましたか? 私たちの研究には、『視力を失った経験豊富なパイロット』を必要としていたのです。この条件に合致したのがあなただったのです」 
「──何を作ろうとしているの?」 
「間接視認システムを搭載した戦闘機です」 
 アリスは鼻の奥に違和感を感じた。鼻血が流れた。 
「間接視認システムもまだ開発段階です。人体へどのような影響があるかもわかっていません」 
「この悪魔!」 
 アリスは笑いながら、マシューに外に出る事を告げた。途端に視野が真っ暗になった。ハッチを開け外に出る。視野は右方向が欠けた。 
「どうでしたか?」 
「びっくりした」 
「このシステムが完成したら、視力を失ったパイロットの経験が失われることは無くなります。あなたのように。それに……」 
「それに?」 
 技術少佐は少し遠くを見るような顔をした。 
「──息子に父親の顔を見せてやりたいんです」 

 



 研究と実験の日々が続いた。 
 間接視認システムを組み込んだコクピットの開発がマシューのチームの仕事だった。 
 アリスは毎日試験機のコクピットに座り、視認システムの評価実験を担当した。 
 間接視認システムは脳内の視神経に直接像を送り込むシステムで、システムとしては以前から存在しているものであった。しかし、従来のシステムは大型で、運用の際には特殊な薬剤の投与も必要であった。そんな中、傭兵軍に技術協力をしていたロバート・ファルマン博士が2883年6月に、超小型かつ薬品投与の必要の無い間接視認システムの開発に成功したのである。傭兵軍は、この新型間接視認システムを新兵器へ組み込む研究をさまざまなジャンルで行い、装甲戦闘服へのマッチングは、2884年12月のスーパーAFSの実戦投入へと結実していた。 
 航空機の重装甲化の研究も視認システム完成後からはじめられていた。傭兵軍は重装甲の対地襲撃機を開発し、ナッツロッカーをはじめとするシュトラール軍の装甲兵器の対抗馬とすることを考えていた。 
 しかしながら、傭兵軍の航空機開発は難航していた。通常の航空機を開発するには経験が足らず、装甲化されたコクピットを搭載するにはJ40では機体規模が小さすぎた。それでも開発は進められることになった。 
 月日は流れ、2885年4月になった。 
「これはいったい何?」 
「新型機の動力装置ですよ」 
 目の前にあるのはフレームに4つの球体が装備されただけの、急作りのいかだのような機材だった。機材の中央には座席と計器盤がつけられていた。 
「ここからはあなたの領分です。パイロットとして、この機体を評価してください」 
「視認システムがついていない」 
「大丈夫です。クレーンで吊るしますので、視野の面は問題ありません」 
 言われたように機体の傍らにはクレーンが立っており、そこから太いケーブルが機材に向かって延びていた。 
「テザー(命綱)がついているということは、自由に飛べないってことね」 
「そういうことです」 
 マシューから操縦方法の説明を受け、アリスは整備員からヘルメットを受け取ると座席に座った。操縦桿とフットペダルの動作を確認し、親指を立てて見せた。 
「動力を入れます」 
 機体の動力は外部から供給されているらしく、エンジン音などは聞こえなかった。しばらくすると球体の方から緩やかな駆動音が聞こえてきた。 
「行くよ」 
 アリスはスロットルを押し込んだ。駆動音が高まり、機材が浮き上がった。 
「浮いた!」 
 アリスは周りを見回した。ジェット噴流は無い。どうして浮いているのかわからなかった。身体に刻み込まれたパイロットの本能は、機体を安定させるために無意識に操縦桿を小刻みに動かしていた。機材は地上10mほどまで浮上した。 
「レスポンスが悪いじゃない。安定させるだけで一苦労よ」 
 操縦桿を動かして機体を前後左右に動かしてみせる。操縦桿を動かした直後は動かず、しばらくしてからふわっと機体は動いた。そんな動き方をするため、慌てて修正しなければならなかった。 
 アリスは悪戦苦闘しながら機材のクセを知ろうとしていた。数十分格闘したあと、アリスは機材を地上に下ろした。日差しもあったが、飛行服の中は汗でぐっしょりとなっていた。 
「とにかく縦安定も横安定もまったく足りないわ、こいつは! そこを直さないとどうしようもないわ!」 
「機体研究班には伝えておきますよ。向こうのテストパイロットも同じような事になっていると思いますが」 
「ところでこの機体はどうやって浮いていたわけ? 吊り下げられていたわけじゃなさそうだし」 
「反重力装置です。あの球体がその装置です」 
「反? 重力?」 
「原理を説明するのは勘弁してください。私も、どうして浮いているのかわからないのですから」 
 アリスは頭をかいた。 
「ま、いいわ。今までの方法と違うと言う事だけわかっていればいいのね」 
 この機材での浮揚試験は2週間ほど続けられた。アリスの他に数人のテストパイロットが試験に参加したが、うまく浮揚させられたのはアリスだけだった。試験の結果は、機体設計を担当する研究班へと送られ、新機材が作られることになった。 
 数週間後、新しい試作機材が滑走路に引き出された。 
「今度のこれは、球が3つになったのね」 
「安定性能が高まっているはずです。機体研究班のお墨付きですよ」 
「確かめてみるわ」 
 アリスはヘルメットをかぶると座席に座った。球体は機材の前部に2基、コクピットの後部に1基取り付けられていた。動力は球体の前部に取り付けられたパワーパックから供給されるようになっていた。パワーパックを起動すると、ジェットエンジンが始動し、エンジンの動力が発電機を回した。発電機は反重力装置にパワーを伝える。 
「離陸するわ」 
 機体がスムーズに地面を離れた。クレーンにつながれたテザーが機体の上昇にあわせて巻き上げられる。 
「安定してる……レスポンスも悪くない」 
 アリスは機体を空中で静止させてみせた。機体はピタリと留まった。修正もほとんどいらなかった。 
「これは、いい。いい感じだわ」 
 右に左に機体を動かしてみる。機体はアリスの操縦の通りに動いた。アリスは身体の奥底がビリビリと震えるのを感じた。 
 機体をテザーの限度いっぱいに飛ばしてみる。さすがに右方向への機動は恐る恐るであるが、他の方向へは大胆に動かしてみせた。 
 反重力実験機のテストは数度で終わった。なぜかと思う間もなく、次の試作機が基地に到着した。 
 それは反重力実験機に間接視認システムが搭載されたものであった。Y字型をした機体全体が滑らかなカバーで覆われており、外を見る窓のたぐいは一切無かった。この機体の最大の特徴は、航空機だというのに翼が無かった。 
「次はこれに乗るのね」 
「時間の都合で、テザー飛行は無しになりましたが大丈夫ですか?」 
「構わないわ。すぐにでも試したい」 
 アリスはにやりと笑うと機体に乗り込んだ。コクピットは異様に狭く、ハッチを閉じると、棺桶の中に閉じ込められた感じがした。すぐに間接視認システムを起動させる。チクリとした感覚が後頭部に走ると同時に外の様子が見えるようになる。マシューが手を振り、機体から離れていく。アリスは反重力装置を作動させる。 
 アリスは操縦桿を引き機体を浮上させた。音もなく機体は上昇していく。アリスの顔に満面の笑みが浮かぶ。 
 アリスは機を自由自在に飛ばした。反重力装置も間接視認システムも問題なく作動した。 
「これならいける! やれるわ!」 
 急降下、急上昇。ロール、宙返り。初めて操縦する機体とは思えないほど、機はアリスの思い通りに機動した。「まるで天使に支えられてるみたい!」 
 地上に降りたアリスが開口一番に言った言葉とほぼ同じ内容を、数ヵ月後空軍幹部も言う事になる。 
 
 しばらくしてこの試作機は「ケストレル」のコードネームで呼ばれるようになり、テスト飛行のたびに新しい器材や装備が取りつけられた。12度目の試験飛行の後にフレームから外板がすべて外され、装甲板で作られた外板に張り替えられた。 
 日に日に戦闘用になっていく機体にアリスは満足していた。重い装甲板を装備しても、最高速度が落ちただけで機体の機動は変わらなかった。速度の低下も、緊急用のロケットエンジンが搭載されることになっており、心配はなくなった。 
 5月末にはついに武装が搭載された。最初は14.5㎜機関銃であったが、すぐに23㎜単砲身機関砲に、そして23㎜ガトリングガンに変更された。射撃テストの結果も上々で、特に空中静止状態からの射撃の精度は、J40のそれをはるかに上回っていた。 
 アリスは毎日をケストレルのコクピットの中で過ごした。わずかな問題点も見逃さず、マシューに伝えた。ケストレルを実戦機化することが自分の使命だと思っていた。そのためには死ぬこと以外何でもすると心に誓ってもいた。 
 アリスの奮戦、マシューをはじめとする実験隊の努力により、ケストレルからは十分すぎるほどのデータが回収された。それを元に研究班はより実戦的な機体の開発を進めていたのである。 
 2885年6月14日。傭兵軍は画期的な航空機、反重力襲撃機「ファルケ」の初飛行を成功させる。その成功の度合いは、操縦桿を握った空軍首脳の一人クレルヴォー中将が、着陸した機から出ると同時に500機の生産を命じるほどであった。
 ファルケは、外見は試作機であるケストレルとほぼ同じで、3基の反重力機関と1基の推進エンジンを持ち、30mmの特殊装甲で機体全部が装甲されていた。キャノピは無く、マシュー技術少佐のチームが改良した間接視認システムが搭載されていた。武装は23mmガトリングガンが固定装備され、対地ミサイルや爆弾の搭載も可能であった。 
 ファルケの開発成功は、傭兵軍の戦略を大きく変えることになった。その頃各戦線で守勢に追い込まれていた傭兵軍は、大規模な反抗作戦を主戦線であるオーストラリアで発動させる計画を立てていた。作戦発動は9月初旬ということになっていたが、ファルケの生産と部隊配備を終えてからということに変更されたのである。 

「貴方の第500航空団への転属は却下されました。申し訳ありません」 
「やっぱりね」 
 アリスはドリンクの残りを音を立ててすすると、ゴミ箱に容器を投げ込んだ。 
「どうせこうなると思ってた」 
 第500航空団とは、反攻作戦のために特別編成されることになったファルケ装備の航空部隊であった。隊員は世界各地の部隊から引き抜かれたり、志願した者が集められていた。 
 アリスはヘルメットを棚に置くと、大きなため息をついた。何かを言いたいのだが、言葉が出てこなかった。 
「……戦場に戻りたいのですか?」 
「もちろんよ」 
「どうしてもですか?」 
「この眼の借りを返してもらうの。ホルニッセを叩き墜とすために」 
 マシューは一息つくと、口を開いた。 
「──貴方の考えはよくわかりました。どうにかしてみましょう」 
「貴方が悪魔なら何とかできるわ」 
「いいでしょう。悪魔になってみせましょう」 
 数日後から基地内はあわただしくなった。機材の移動準備がはじめられたからであった。その中には実験用器材として使われていたケストレルも含まれていた。 
 アリスもその流れの中にいた。シミュレーターでの訓練をはじめ、試験機による飛行、体力づくりのための運動などがスケジュールに組み込まれた。長らく戦場から離れていた彼女の戦闘勘を取り戻させるのが目的であった。 
7月になると、実験部隊の中から選ばれた将兵により、戦場実験隊が編成されることが正式に決定された。隊長にはマシュー技術少佐が任命され、パイロットはアリス一人であった。マシュー実験隊と呼ばれることになった部隊は、作戦が行われるオーストラリアに向けて船で出立した。 

 

 9月23日。オーストラリア。 
 夜明けと共に傭兵軍の各部隊は行動を開始した。傭兵軍による大反攻作戦、オペレーション・スーパーハンマーの始まりである。 
 AFSやSAFSを主力とする地上部隊が前進する上空を、第500航空団のファルケが飛び越して行く。制空権の確保と地上攻撃が目的である。その前方の空にゴマ粒をまいたような黒点が現れた。迎撃に上がってきたシュトラール軍のホルニッセとPK40の群れであった。両者はそのまま激突し、くんずほぐれつの空戦が始まった。 
「出撃命令はまだ? 準備を急いで!」 
 ケストレルのコクピットから立ち上がり、アリスは整備兵たちに檄を飛ばす。整備兵たちもそれに応えるべく、こまねずみのように走り回っている。 
「前線から支援要請が出ました。出撃してください」 
 電文のコピーを握りしめたマシューが大声で言う。アリスは親指を立てて応えると、コクピットの中に身を沈めた。 
 何度も繰り返したコンソールのチェックを再び行い、問題が無いことを確認するとハッチを閉じた。暗くなったコクピットの中は、コンソールの各種計器からの光で満たされる。 
「間接視認システム起動」 
 スイッチを入れると同時に視野が広がる。頭を上下左右に振り、どの方向にも欠けが無いことを確認する。 
「エンジン始動」 
 前部左右胴体に搭載されたジェットエンジンが作動する。そこから生み出された電力が、反重力装置を駆動させる。 
「システム、オールグリーン。武装安全装置確認。整備兵離れ! 離床する」 
 ドーリーから解き放されたケストレルが舞い上がる。スタビライザーが反重力場を下面に抑え込む位置に展開し、機体が急上昇する。 
 雲一つない鉄砂漠上空の空に飛行機雲を引きながらケストレルは飛ぶ。遥か前方の空にきらきらと輝く物が見える。空戦中の航空機だ。アリスはスロットルを押し込むと加速エンジンに点火し、最高速で空戦域に向かった。 
 空戦域では味方のファルケとシュトラール軍のホルニッセが飛び交っていた。時折、曳光弾が交錯するのが見える。 
「あー! 見てらんない!」 
 味方のファルケの動きにアリスは苛立ちの声をあげた。ファルケの空戦能力をパイロットが生かし切れていないのだ。彼らはファルケを普通の航空機のようにしか動かしていなかった。それも当然で、ファルケへの転換訓練はわずかしか行われていなかったからだ。 
「在空各機へ! これより空戦に参加する! 誤射しないでよ!」 
 アリスはそのまま機体を空戦の真っただ中に突っ込ませた。 
「こうやって飛ばすのよ!」 
 アリス機は空中に急停止すると、機首を持ち上げずに急上昇した。さらに右旋回し、ファルケを追っていたホルニッセの側方に機首を向ける。機関砲が吠え、曳光弾混じりの射弾がホルニッセの胴体を直撃する。ホルニッセは蹴られた犬のように跳ね上がると、ガクリと機首を落とし急降下していった。 
「一つ!」 
 ケストレルが今度はバックする。あまりの機動にホルニッセの一団はともかく、ファルケの群れにも動揺が走る。追いつ追われつの関係が一瞬にして崩壊したのだ。 
「二つ!」 
 
 アリスは動揺したまま直線飛行をしたホルニッセに機関砲弾を浴びせかけた。破片が飛び散りドッと黒煙が噴き出す。 
「三つ!」 
 機体を左に旋回させたまま降下させ、降下して空戦域から脱出を図っていたホルニッセの背後に取り付くと、二連射で煙を吐かせた。 
 たった一機のアリス機の登場により、空戦はシュトラール軍が敗走する形で終了した。脅威が無くなったファルケ達もこれ幸いと離脱していく。 
『どこの誰だかわらないが助かった。礼を言う』 
 隊長機と思われるファルケがバンクを振りながら飛び去っていく。その姿にアリスはあかんべぇをしてみせた。 
「さて、と」 
 機関砲弾も燃料もまだまだ余裕があった。眼下に眼をやると、敵味方が入り乱れた戦闘が行われていた。アリスは操縦桿をひねり、機首を地面へと向けた。 
 視線の先にはレーザーを撃ちまくるナッツロッカーの姿があった。傭兵軍がSAFSを登場させたことにより、脅威度は低下したが、未だに戦場の支配者に違いはなかった。アリスはニヤリと笑うと、機体を逆立ちさせたまま前進させるという機動を行い、ナッツロッカーの上空に占位した。 
「これでも、喰らえ!」 
 23㎜機関砲弾がナッツロッカーの背面にある冷却システムを連打する。破片と黒煙が吹き出し、ナッツロッカーが停止する。 
 ケストレルが機首を巡らせて降下する。砲塔を旋回させるナッツロッカーに向かって機関砲が吠える。砲弾は狙いたがわずにレーザーカノンを破壊する。 
 ナッツロッカーの無力化を確認したアリスの眼が次なる目標を探す。ナッツロッカーの脇から機関砲を撃ちながらクレーテが前進していく。視線でクレーテに照準を移動させると、自動的に射撃位置にケストレルが移行する。トリガーを引き、一連射でクレーテを吹き飛ばす。 
 それまでナッツロッカーによって頭を下げさせられていたAFSの一群が、飛び越していくアリス機に向かって片腕を上げるのが見えた。アリスはバンクでそれに応え、次なる目標を探した。 


 オペレーション・スーパーハンマーは開始直後から苦戦を強いられていた。シュトラール軍は傭兵軍の動きを完全に読みきり、中隊単位の攻撃には大隊を、大隊単位の攻撃には連隊を、連隊単位の攻撃には師団をぶつけるという戦術で、傭兵軍を圧倒していた。 
 傭兵軍の各部隊は前進どころか、出撃陣地すら失うという状況に陥っていた。前線はあちこちで食い破られ、本来なら前線突破の後の戦果拡大のために残されていた予備部隊が、浸透してくるシュトラール軍部隊を迎撃するために投入されるという事態になっていた。 
 敗北を悟った傭兵軍の指揮ユニットは、損害を減らすためにただちに前線部隊を後退させることを決定した。そのための時間を稼ぐため、一時的にも制空権の確保しなければならなかった。そして、ありったけの空軍戦力が投入されることになった。 
 アリスはヘルメットを外すと膝の上に置き、差し出された高カロリーバーとドリンクを受け取った。 
「右エンジンのフィルタを交換して。少しだけと回転が落ちてる。対地ミサイルは必要ないわ。砲弾の充填を急いで!」 
 早口で整備兵に指示を出し、カロリーバーを胃袋に詰め込む。 
「あと10分で出撃可能になります。大丈夫ですか?」 
「あたしはまだやれるわ。機体の方が先にへばるかもね」 
「それはないでしょう。私が保証します」 
 マシューがコクピットをのぞき込んでいた。アリスは飲み終わったドリンクのパッケージを手渡しながらニヤリと笑った。 
「ダメそうでしたらいつでも言ってください。部隊を後退させますから」 
「あたしが決めてもいいの? じゃ、後退は無しね」 
「わかりました。必ずここに戻ってきてください」 
「必ず戻るわ。この機体と一緒に」 
 マシューが手を振り機から離れる。アリスは見えていないのを知りながら敬礼を返す。 
『出撃準備完了』 
 整備兵が合図する。ヘルメットをかぶり直し、ハッチを閉じる。暗闇に満たされたコクピットの中で、アリスは目を閉じてしばらく思考を巡らせていた。 
 ゆっくりと左眼を開き、コンソールを蘇らせる。コクピット中が淡い光で満たされる。 
「間接視認システム起動」 
 両眼の視野が広がり、機の外で走り回る整備兵の姿が見える。 
「機を起動するわ。下がって!」 
 左右のエンジンが動き出し、反重力機関に動力を伝達する。 
「行ってくる。手土産を期待してて」 
 アリスはスロットルを押し込み、機体を上昇させた。あっという間に駐屯地が小さくなっていく。 
 空は今日も雲一つなく、どこまでも青一色だった。 
 機体はどこも不調が無い。エンジン音も反重力機関の駆動音もいつも通りである。 
 機関砲の試射を行う。砲機関部は問題無く動いた。 
 アリスは操縦桿を握る右手を見た。自分の身体も問題無く動いている。機体も人も完璧に近い状態に出来上がっていると、思った。 
 しばらく飛ぶ。味方のファルケとJ40が編隊を組み、戦場へと向かっていくのが見えた。 
 眼下では両軍が砲火のやりとりをしている。 
『戦場監視機より在空各機へ。敵編隊を確認。眼を開け!』 
 戦場の空にきらりと光るものが見えた。それは一瞬一瞬ごとに数を増やしていく。 
 アリスは顔に凄絶な笑みを浮かべた。 
「さぁ来いモンキー野郎ども──」 
 J40たちが一斉に増槽を投棄する。何機かのファルケが増速エンジンに火を入れ、編隊から飛び出していく。 
「こっちには反重力機関と、25㎜のタングステンセラミック装甲があるんだから」 
 アリスは加速エンジンを点火した。一瞬の間を置いてGが身体をシートに押し付ける。 
 光る点がホルニッセに姿を変えた。その数は味方のそれを大きく上回っている。だが恐怖は微塵も感じなかった。闘志だけがアリスにはあった。 
 機関砲の安全装置を外す。人差し指でトリガーを遊びの分だけ軽く引く。 
 向かいくるホルニッセの群れ。アリスは吠えた。 
「あんた達に負けるわけにはいかないのよ!」 

 

 

bottom of page