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「この戦争が終わったら、結婚するんだ」 
 泥で汚れたコーティングされた写真の中で、若い美しい女性が微笑んでいた。新入りの兵士はどう答えてよいのかわからず、軍曹に助けを求める視線を送った。軍曹はやれやれと首を振った。 
「大尉、写真をしまってください。せっかくの飯が冷めてしまいますぜ」 
「それもそうだな」 
 ファーネツェアステルン大尉は、写真を防寒具の下の戦闘服のポケットにしまうと、軍曹から差し出されたシチューとパンを受け取った。 
「大尉、彼女さんの職業ですが……花屋?」 
 通りすがりの兵長が大尉に聞く。大尉は微かに笑いながら首を振った。兵長は残念そうにうなだれて去っていく。 
 そんな兵長に一瞥をくれてから軍曹が大尉に話しかける。  
「今晩はクリスマスの特配があるらしいですよ」 
「司令部の連中が横取りしなければいいけどな」 
 大尉が指揮する第7コロニーター連隊第1大隊E中隊第1小隊が布陣するのは、アルデンヌの森のはずれにある名もなき寒村であった。村といっても、戦争の始まりと同時に放棄され、村人はただの一人も残っていなかった。 
 小隊がこの村に配置されたのは2886年の秋の事だった。この年の春に行われた傭兵軍によるファーゼライ作戦により大打撃を受けたシュトラール軍は、ヨーロッパの各地で守勢に回っていた。夏を過ぎると主戦線はバルカン半島方面へと移り、西部ヨーロッパはある種の虚脱状態に陥っていた。シュトラール軍は主力を東に移し、その開いた隙間には、コロニーター連隊を配置した。 
 コロニーター連隊は、植民星出身者で編成されていた。兵士の多くは徴兵された若者であり、職業軍人はわずかしかいなかった。当然練度は低く、PKAなどの装甲兵器が配備されることもまれであった。兵士は一年の前線勤務で本国帰還となるため、兵士たちはただそれだけを考えていたため、士気も高くは無かった。 
 秋が終わり、降雪とともに冬がやってきた。小隊は村の周りに塹壕を掘ってはいたが、誰もやってこないので、村最大の建物である教会に居を構えていた。見張りにつく数人が外に出るだけで、他の小隊員は教会の中で、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。 
 シチューにひたしたパンを口に運ぶ。数日に一度、食料と医薬品を運んでくるだけで、中隊司令部は特に何か言ってくることも無かった。時折本国帰還になる兵士が旅立ち、入れ替わりに新兵がやってきた。それぐらいしかイベントが無い毎日を過ごしていた。 
「勲章が欲しいんだ。結婚式につけて威張れるようなやつが」 
 大尉が朗らかに言った。暇があると大尉はこの冗談にも似た話を口にした。 
「ここだとその機会は無いでしょうね。あと、勲章なんてものは、悪いやつがもらうもんですよ」 
「それでも欲しいんだよな。故郷の連中は、戦争でどんだけ活躍したか、そんな話を期待してるからなぁ。ウチの親戚の爺さんが、惑星間紛争でもらった勲章を事あるごとに持ち出してきてな……あの爺さんをぎゃふんと言わせたい」 
「敵が空からでも降ってこない限り、勲章は無理ですね」 
「サンタクロースにお願いでもするか」 

「大尉、森に反応です」 
 昼食が終わってすぐに軍曹から報告があった。 
「鹿か何かじゃないのか?」 
「明らかに違います。敵の装甲服だと思われます」 
「確認する。ついてこい」 
 大尉は村一番の高い建物である教会の尖塔に上ると、双眼鏡で反応があったという森の方向を見た。雪に覆われた森に、何やら動くものが見えた。 
「──いるぞ。偵察タイプの『卵』だ」 
「数は?」 
「1機だけだ。どう思う?」 
「偵察タイプとはいただけないですね。近くに本隊がいるかもしれません。下手に手を出すとやばいですよ」 
「奴らの目的はここだろう。そうでなければ偵察タイプがうろつくこともない」 
「黙っていれば通り過ぎると思います。それに、ウチの兵力では迎撃は無理です」
 大尉は双眼鏡を目から離し、軍曹にむかってニヤリと笑いかけた。 
「やるぞ。サンタクロースからの贈り物だ」 
「これじゃ、今日の特配は無しですね。とほほ」 
 軍曹は大きなため息をついた。 
 二人は尖塔を降りると、地下に作った小さな戦闘指揮所に入った。ニタニタと笑う大尉と、飽きれた顔をした軍曹の姿を見て、指揮所に居た無線兵と当番兵が驚く。 
「中隊司令部に連絡。敵発見だ。戦闘配置、急げ」 
 大尉は命令を下すと指揮所にあるモニタの前に座った。カメラを敵偵察機がいる方向に向け、倍率を上げる。モニタに森の中を移動するSAFSラクーンの姿が大写しになる。 
「仕掛け爆弾を使うぞ」 
「卵には効かないですよ」 
「先手必勝だ。爆破装置を」 
「ええい、仕方ない。爆破装置を持って来い」 
 当番兵がコードにつながった点火装置を数個持ってきた。大尉はコードに巻かれたテープの色から爆破する仕掛け爆弾を選択すると、安全装置を外しスイッチを二三度押し込んだ。 
 遠くからくぐもった爆発音が聞こえてきた。モニタは雪煙で真っ白になり、ラクーンの姿が描き消えた。 
 しばらくして雪煙が消えると、ひっくり返ったラクーンが見えてきた。 
「よしっ!」 
「対人用の爆弾じゃ、びっくりさせるのが関の山ですよ」 
 軍曹の言葉通り、しばらくするとラクーンはゆっくりと立ち上がり、素早い動きで森の奥に消えていった。 
「すぐに大きいのが来ます。全員を壕に退避させてください」 
「わかった。全員、壕に入れ。命令あるまで待機だ」 
 小隊の全員が壕に入ると同時に、独特の発砲音が遠くから聞こえてきた。 
「来るぞ」 
 大尉と軍曹はヘルメットをかぶると、来るであろう衝撃に対して身構えた。 
 ズシンッという衝撃とともに地面が揺れた。ドールハウスの重ロケット弾による砲撃であった。榴弾の雨は村の建物を次々と吹き飛ばした。 
 数分後、地面の揺れが収まった。大尉はモニタを見まわし、周囲の状況を把握する。動きは無かった。 
「中隊司令部に通信。『敵部隊との交戦の可能性大。支援求む』送れ!」 
「ダメです。通信不能。アンテナをやられたようです」 
「修復急げ。レーザ班は迎撃用意しろ」 
 しばらくの間があって、ヘッドホンに返信が帰ってくる。 
『こちらレーザ班。掩体壕に直撃です! 掘り返すだけで1日はかかります!』 
「──そうか。すぐに対戦車班に合流しろ。対戦車班、火器を集めろ」 
 指揮所が報告に来る兵士と伝令に出ていく兵士でごった返す。大尉は指揮所の真ん中に置かれた地図に情報を書きこみ、それに基づいて指示を出す。 
 小隊の兵士に損害は無く、壕のいくつかが潰されてはいたが、陣地や火点に大きな損害はなかった。 
 森に仕掛けられた偵察用カメラの情報から、森の中を傭兵軍の装甲部隊が移動していることがわかった。 
「ここでの交戦は無意味です。撤退しましょう」 
 軍曹が進言する。 
「いや、この村はこの地域で最も高い地形にある。ここからは街道が丸見えだ。ここを奴らにとられたら、連隊が窮地に陥る」 
 大尉は心配そうな顔をする軍曹に笑って見せた。 
「大丈夫だ。勝ち目がないわけじゃない。それに、責任は俺が取る」 
「そうですか──それなら自分も腹を決めました」 
「それなら、"長槍″の準備を始めてくれ」 
「わかりました。20分でやります」 
「10分だ」 
「了解」 



 ドールハウスのロケット弾攻撃から1時間ほど経った。小隊の兵士たちは壕のそれぞれの位置に陣取り、ノイパンツァーファウストを握りしめていた。対戦車班のパンツァーシュレッケチームは壕の後方で、どこにでも行けるように待機していた。 
「来たぞ! 対戦車戦闘準備!」 
 森の中に数機のAFSの姿が見えた。仕掛け爆弾を気にしているのか、その歩みはゆっくりであった。 
「仕掛け爆弾を起爆させろ!」 
 兵士たちは急いで起爆装置にとりつき、次々に爆弾を爆発させた。森の中で雪煙があがり、AFSの姿が一瞬だけ見えなくなる。 
「シュレッケチーム、前進!」 
「ピーナッツ、距離500! 数は3!」 
 わずか3機のAFSでも、小隊にとっては強敵であった。有効打を与えられるシュレッケは2挺しかなく、それも有効射程は300m程度である。ファウストも当たれば一撃で仕留めることができたが、こちらの有効射程は100mがせいぜいであった。
 爆発をその装甲で乗り越えてきたAFSが森から出てくる。白色の冬季迷彩は爆風でそぎ落とされ、グレーやグリーンの地色が出ていた。それがさらにAFSの無敵神話を兵士たちに思い出させていた。 
 AFSがレーザーガンを構えた。兵士の多くが戦死を覚悟した。 
 その時。 
 爆音とともに教会横の雪溜まりが弾け飛んだ。兵士たちが何事かと振り返ると、雪の下から、雪を受け止めていた偽装ネットを引きちぎりながら、1機のパッククレーテが姿を現した。 
 雪の中でも目立つ青色の迷彩のパッククレーテは、二三歩歩くと突き出た長い砲身をAFSに指向した。 
 突然のパックの登場に驚いたのか、AFSは動きを止めた。そこに甲高い金属音が響き渡った。 
 発射された徹甲弾は、砲口から飛び出すと同時にサボットが外れ、中の細い弾芯だけとなってAFSに向かって短い飛翔を終えた。直撃を受けたAFSが文字通りバラバラになった。 
「そこだ!」 
「やっちまえ!」 
 兵士たちは口々に叫んだ。砲声が鳴り響き、もう1機のAFSも串刺しになる。3機目のAFSは慌てて踵を返し、森の中に撤退していった。 
 パッククレーテはゆっくりと前進し、壕をまたぎ越え、陣地の前面に立った。兵士たちは全く知らなかったが、旧式化したクレーテを改造した通常のパッククレーテとは違い、部隊に配備されていたパッククレーテは砲戦用に特別に改良された試験機であった。砲も通常機が7.5㎝砲を搭載しているのに対し、8㎝砲を装備していた。 
「尖塔に登るぞ」 
「やめてください。狙撃されますよ」 
「全景を把握してクレーテを誘導するには、あの場所しかない。大丈夫だ、主人公は死なないものだからな」 
 大尉は教会に向かった。教会はロケット弾で半分破壊されていたが、尖塔だけは残っていた。 
 尖塔に登った大尉は、右腕に装着した通称「ティーチングボックス」を起動させた。これは無人兵器の指揮管制用の装備で、無人兵器へ移動位置や、戦闘方針を指示したりするものであった。 
「あ、くそっ」 
 ティーチングボックスの画面が二三度ちらつき、消えた。大尉はボックスを叩いたり揺すったりした。数秒後、画面が点き、クレーテからの偵察情報が表示された。 
 パッククレーテは壕の前に立ち、辺りを威圧するように睥睨していた。 
「卵、捕捉! 距離800! 方位120!」 
「四脚もいます! ゴキブリ並に速いです!」 
 大尉はクレーテに移動砲戦を指示した。立ち止まっての撃ちあいは装甲の薄いクレーテに不利である。当たらなくても、砲撃を続ければ相手をひるませる事ができる。 
 木々の間をニンジン鼻を付けたSAFSが走る。その奥に、四脚で器用に横移動していくグラジエイターが見える。 
 グラジエイターが立ち止り、100㎜ロケット弾を発射した。ロケット弾はクレーテを掠め、教会の壁に命中して爆発する。 
「熱ちち!」 
 大尉は巻きあがってきた爆炎を背中で受け流す。  
「くそっ、こっちの番だ!」 
 クレーテにグラジエイターを第一目標に、SAFSを第二目標にするように命令する。クレーテが短く《了解》と返してくる。 
 パッククレーテはガシガシと歩くと、砲塔側面に装備しているスモークディスチャージャーを1発発射した。煙の塊がクレーテとグラジエイターの間に出現する。 
 視界とレーザ照準を奪われたグラジエイターが横移動で煙をかわそうとする。それを予期していたようにクレーテは砲塔を動かすと、HEP弾を発射した。 
 煙に小さな穴を開けてHEP弾が飛ぶ。弾は回避行動にうつったグラジエイターの後ろ脚に命中して爆発し、根元から吹き飛ばした。 
「卵は……あそこか」 
 大尉は双眼鏡で森の中のSAFSを捕捉すると、クレーテに位置情報を送った。クレーテは砲塔を急旋回させると、自動装填装置をガシャリと言わせて榴弾を装填した。そしてわずかな間を置いて発射した。 
 榴弾はSAFSが隠れた大木を直撃した。木はばっくりと裂けるとSAFSに退避する間も与えずにそこに倒れこんだ。 
「やるじゃない、パッククレーテ」 
 双眼鏡で敵を探す。AFSやグラジエイターをやられた傭兵軍には動揺が走っているようだった。前進しようとしていた装甲服達は森の奥に下がって行った。 
「よし、今のうちに弾薬補給を」 
 クレーテが壕の後ろに戻ると、軍曹を先頭にした作業班がクレーテに取り付いた。砲塔側面のハッチを開けて砲弾を装填すると同時に、砲塔後部の砲機関部に装薬を装填する。 
「装填完了です!」 
「よし、"長槍"前進!」 
 大尉は大きく笑いながらパッククレーテに前進を命じた。大尉の心の中には、勇壮なマーチが鳴り響いていた。 
 パッククレーテの前進に対応するように、森からは数輌の戦車に支援されたAFSの小隊が姿を現した。数で圧倒しようという作戦であった。 
「そうきたか。対戦車班はクレーテを支援。他はありったけの火器でAFSを撃て!」 
 パッククレーテの射撃で戦闘が再開された。クレーテに撃たれたレイヴン中戦車が盛大に炎上する。その前を走り抜けるAFSにライフルの銃弾が襲い掛かる。AFSの装甲をライフル弾では撃ちぬけないが、「撃たれている」という状態で平静を保てる兵士は少ない。立ち止まり応射しようとしたAFSがシュレッケの射撃に吹っ飛ばされる。 
 パッククレーテはAFSとレイヴンからの射撃を受けるも、入射角が悪く、どちらのレーザも装甲にわずかな傷を作るにとどまった。クレーテは立ち止まり、射撃し、また歩いた。その姿に小隊の兵士たちの士気はあがり、壕から飛び出し、ファウストを射撃する者まで現れた。 
「戦車1輌撃破です!」 
「良い射撃だ。ビールをおごるぞ」 
「敵が撤退していきます。弾薬を補給しますので、クレーテをさげてください」 
 クレーテが教会脇まで下がってくると、待ち構えていた作業班が作業を開始する。その姿はまるでモータースポーツのピット作業のようであった。戦闘中の1分1秒は貴重なものである。 
「作業完了です。出してください」 
「わかった。小隊には水と食糧を配るように」 
「了解しました」 
 大尉は双眼鏡をのぞきながら携帯糧食をかじった。本来ならば手製のクリスマスツリーを囲んで豪華な夕食を、となっているはずだったのに、と思った。 
「敵はクリスマス返上で来るようだ。戦闘準備! 急げ!」 
 双眼鏡の中で、ドールハウスが雪道を苦心しながら進んできた。破片効果の無いレーザでは、壕の中に潜む歩兵を攻撃するには不向きだからであろう。ロケット弾の直接射撃で決着をつけようと考えたのだ。 
 ドールハウスの砲塔が旋回し、ロケットランチャーの蓋が開いた。大尉はランチャーがまっすぐこちらを向くのを見た。 
「やばい!」 
 大尉は慌てて立ち上がると、尖塔から下の雪だまりに身を投げた。と同時にロケット弾が尖塔に命中してバラバラにした。 
 尖塔を爆砕したドールハウスはランチャーを水平にすると、壕に向かってロケット弾を連射した。命中した壕の補強材が雪と泥ともに吹き飛ばされる。 
「軍曹!」 
「ここです! 大尉」 
 ロケット弾の爆風が壕の上を吹き抜けていく。大尉と軍曹は家の土台の影に隠れた。 
「このままだとどんずまりですぜ」 
「まだ"長槍"がある。反撃するさ」 
 二人は指揮所に続く壕に転がり込んだ。 
「損害は?」 
「全員が後方の壕に後退しています」 
「対戦車兵器は?」 
「シュレッケを失いました。ファウストは人数分あります」 
「全員をファウストで再武装させろ」 
「大尉……」 
 報告をしていた伍長は青い顔をしていた。さっきまでの高い士気は、ドールハウスのロケット弾が丸ごと吹っ飛ばしてしまったようだ。 
「どうしますか? 大尉」 
 そういう軍曹の顔には、ここまでだと思います、と書いてあった。が、副官として口に出すことができずにいた。 
 ぞろぞろと指揮所に泥で汚れた兵士たちが集まってきた。誰もが高揚していて忘れていた疲労を顔に張り付けている。 
「大尉」 
 伍長がおずおずと言った。何か決断を迫るような声だった。 
 ロケット弾の着弾で地面が揺れた。 
 大尉は全員を見回すと、口を開いた。 
「賭けは今。いくらになってる?」 
「はい?」 
「私の未来の妻の職業を当てる賭けだ」 
「──2900と80です」 
「そうか。では、皆で山分けだな──ヲタクショップの店員だ。コスプレもするぞ」 
 全員が目をぱちくりさせる。この男は何を言っているのかと。 
「この戦闘には勝つ。そして、結婚式には小隊全員に出てもらうぞ」 
 大尉は伍長の後頭部を軽くはたくと、全員に聞こえるように言った。 
「行くぞ、反撃する」 

 


 ドールハウスはロケット弾をあらかた撃ち尽くすと、装甲服部隊に持ち場を交代するために動きだした。 
 ゆっくりと側面を向けたドールハウスの車体に、甲高い金属音とともに孔が穿たれた。数秒の間があって、乗員がハッチから転がり出る。もう1輌のドールハウスも砲塔のど真ん中に命中弾を受けて動かなくなった。 
 AFSたちが振り向くと、崩れた教会の横に立つパッククレーテの姿が見えた。長い砲身の先の大きなマズルブレーキから青白い硝煙がたなびいている。 
「作業班は弾薬を前方の壕に移動させろ。他の者は、敵が射程に入り次第、各自の判断で攻撃しろ!」 
 大尉はパッククレーテの真横の井戸の残骸の影で指揮を執っていた。軍曹は作業班を指揮し、弾薬を教会横の掩体壕から前方の壕へと移動させ始めていた。 
 パッククレーテが発砲する。砲弾を喰らったSAFSがボウリングのピンのように隊列からはじき飛ばされる。 
 小隊は自然とパッククレーテを守るように陣をはった。敵の動きはすぐに報告され、それに合わせて大尉がクレーテに指示を飛ばす。パッククレーテは鬼神のごとく陣地に立ち、近づくものに砲撃を浴びせかける。 
「再装填急げ!」 
 軍曹達は砲撃を続けるパッククレーテに近寄り、砲撃の合間合間に砲弾を給弾する。空になり投げ捨てられた弾薬筒が山になり、それがレーザ射撃に対する盾となっていた。 
「右翼から来るぞ!」 
「ファウストを撃て! 当たらなくてもいい!」 
「"長槍"を回す、頭を下げろ!」 
 砲声が響く。AFSが吹っ飛び、積もった雪に頭から落ちて動かなくなる。仲間のAFSも次の砲声の餌食となった。 
 小隊の兵士たちの間に、失われていた士気が戻ってきた。兵士たちは壕の中で互いに笑みをかわし、迫っては追い返される傭兵軍に対して歓声を上げる。 
「そろそろ看板ですぜ。大尉」 
「予備弾も出してこい。砲弾温存命令なんぞくそくらえだ」 
「了解しました!」 
 パッククレーテの砲撃は止まることはなかった。傭兵軍のレーザ攻撃は、おりからの降雪とクレーテが展開する対レーザ煙幕によってほぼ無効化されていた。が、クレーテも無傷というわけにもいかず、全身に細かい傷を負っていた。 
「大尉! ファウストも切れそうです!」 
「歌でも歌ってやれ! そろそろ敵は限界だぞ!」 
 大尉が馬に拍車をかけるカウボーイのように叫ぶ。クレーテが発砲し、その結果をみた小隊の兵士たちが歓声を上げる。 
 大尉は立ちあがり、クレーテの前に仁王立ちになった。傭兵軍の装甲服達が殺到してくるのが見えた。大尉は迫るAFSに対して発砲するようにクレーテに命じた。 
 しかし、クレーテが発砲するより先にAFSのレーザが発射された。レーザの一撃を受けたクレーテはガクンッとつんのめり動かなくなった。 
「やりやがったな!」 
 大尉は腰の拳銃を抜き放つと、クレーテを撃破し勝ち誇るAFSに向かって引き金を引いた。 
「さぁ来いモンキー野郎ども! 人間一度は死ぬもんだ!」 
 AFSの装甲板の表面に火花が散る。もちろんAFSにダメージを与えることはできない。AFSが発砲する大尉に気づき、そちらに向けてレーザガンの銃口を持ち上げた。 
「くそったれが!」 
 拳銃の弾が尽き、スライドが後退したままになる。大尉は死を確信した。何も聞こえなくなる── 
 次の瞬間、AFSが爆発した。 
 頭上を越えて長く伸びたパッククレーテの砲身が見えた。 
「……死んでたんじゃないのかよ」 
 大尉の耳に戦場の騒音が戻ってきた。兵士たちがファウストを一斉射撃し、数機のAFSをスクラップに変えた。傭兵軍は波が退くように森の中に消えていった。
 日が暮れた。 
 傭兵軍の攻撃は止んだ。兵士たちはいつ攻撃が再開されるかと、少なくなったファウストを抱えて壕の中で待ち続けた。 
 クリスマスイブの夜は静かに過ぎていった。 

 翌朝やってきたのは親部隊である大隊の戦車を含む大規模な部隊であった。到着した大隊長は、村の前に広がる森の中に散らばる傭兵軍の装甲兵器の残骸の多さを見て驚きの声を上げた。 
 負傷者が収容され、兵士たちには温かい食事が配られた。奇跡的に小隊は一人の死者も出していなかった。 
「大尉、大隊長です」 
「わかった」 
 雪と泥を踏みしめながら、中佐がやってくる。大尉は疲れ切ってはいるが、高揚した気分のまま大隊長を出迎えた。 
「よくやった大尉」 
「すべては部下の奮闘のおかげです。私がやったことなど、その一部にすぎません」 
 中佐は奮戦し、大量の弾薬筒に埋もれたまま立つパッククレーテを見上げて言った。 
「何か欲しい物はあるか?」 
「そうですね──部下たちにクリスマスプレゼントを」 
 大隊長は破顔し、大尉の肩を何度も叩きながら返答した。 
「よし、わかった。良いプレゼントを期待しててくれ。あと、君は制服の左胸を良く洗っておくことだな」 
 中佐は敬礼ではなく、握手をすると副官に促されてその場を後にした。大尉と軍曹は、しばらく呆然としつつその姿を見送った。 
「クリスマスプレゼントですか。今更七面鳥てわけでもないでしょうが」 
「まぁいいさ。とにかく無事にクリスマスを迎えられただけでももうけものだ」 
 大尉はずっと右腕につけていたティーチングボックスを外し、そっと壊れた壁の上に置いた。それが故障していることに大尉は気づかなかった。 

 2887年がやってきた。 
「きをーつけ! 頭、前!」 
 号令に合わせて小隊員全員が気をつけをする。小隊の前に立つ大尉が一歩前に出る。大尉の前に立つのは、第7コロニーター連隊の連隊長であった。 
「おめでとう、大尉」 
 大尉の胸に勲章が輝いた。明日の公報で全軍にその受賞が知らしめられることになっていた。他の小隊員全員には、即時帰国が約束された。 
 わずか1機で傭兵軍の攻撃を撃退したあのパッククレーテは、連隊の守り神として連隊司令部で保管運用されることになった。後にこのクレーテはシュトラール本国の戦争博物館に展示されることになる。 
 連隊の誰もが知らない報告が、はるか後方の地で行われていた。 

『24日、アルデンヌ地方で傭兵軍の装甲部隊と交戦。現地部隊の無人兵器を遠隔操作。18機の傭兵軍装甲兵器を破壊するものなり』 
 この報告をしたケーニヒスクレーテは、それ以上何も語らなかった。 

 

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