top of page

 さて、漂流記録をつけ始めるとしよう。まぁ、腕は1mmも動かせないし、気のきいた録音装置があるわけでもない。独り言を言ってると狂っていると思われるので、その理由付けだ。 
 今俺は、地上から400kmほどの空の上にいる。いわゆる宇宙というところだ。向いてる方向が悪いんだろうな、地球も月も見えやしない。 
 バナナボートから射出され、フリーゲどもとの戦闘を終えてから、20時間ほど経っているだろう。パネルの時計も死んでるから体感時間だな。腹も随分とすいてるし。 
 本来ならボートに収容されて、地上に戻って一杯飲っているはずだったんだ。あのくそったれなフリーゲめ。 
 モーターと発電機を殺されたら、傭兵軍ご自慢の宙間戦闘服ファイアーボールSGもただの便器に成り下がる。運の良いことにバッテリーは生きてるからこうして話ができるんだがな。動力を失ったAFSは鉄の棺桶だ。ああ、鉄は使ってないので、セラミックの棺桶か。 
 本当に運が良いのかどうかはわからん。本当なら、パイロットスーツの生命維持装置が作動して、俺はアイスクリームよろしく冷凍されて救助を待つはずなんだが、今こうして話してるわけだから、冷凍にはなっていないということだ。不良品を使いやがって。帰ったら整備のクソ親父に俺が倒れるまで酒を奢らせてやる。 
 オムツはすでに満杯で、ケツが痒くて堪らん。まぁ、ファイアーボールの頃には、カテーテルが凍って破裂して股間を血まみれにして死んだ奴がいるっていうから、まだマシだ。クソはあと1日は我慢できる。クソまみれになる前に助けて欲しいものだ。バッテリーの容量から、40時間が限度だ。この際シュトラール軍でもいい。助けてくれるのなら。 
 今はどこにいるんだろうか。月は見えない。まぁ、見えても自分がどこにいるのかはわからんけどな。 
 ここで告白するが、俺は宙間スーツ乗りになるテストで筆記はカンニングしまくったんだ。宙間スーツ乗りは、地上で働くより数倍の給料がもらえるからな。それに、筆記といったって、航宙艦乗り用のテスト問題を流用した、実際は役に立たないナビゲーションや天文学の問題が大半だ。スーツ乗りが天文学を使うような時があるはずが無い。撃破されれば、爆散するか気密が破れて真空中で干物になるだけだし、運良く生き残ってもアイスクリームになって救助を待つだけだ。戦闘以外で宇宙を見ることなんかない。 
 だが、今の俺は違う。有り余った時間で、宇宙を見ている。眼をつぶっても、網膜に直接投影されるから、嫌でも見ることになるんだがな。 
 しかし、周りには何も無い。真っ暗だ。地球の光が強すぎて、星が見えない。デブリ一つも見えやしない。 
 本当にここは宇宙なのか? 
 もしかすると、俺は今地中に埋められてるんじゃないのか? それなら周りが真っ暗なのが理解できる。 
 目標はナッツロッカー。しかもレーザの他に機関砲を搭載した重装型だ。主要部分にはエクサイマレーザに耐える増加装甲が装着されているらしい。 
 こいつが拠点防御についたら、攻略には多大な犠牲を払うことになる。レーザが使えない降雨時に襲撃をかけても、SAFSの装甲を簡単に貫通する機関砲を持っているからな。これをフェリー中に襲ってしまおうというわけだ。 
 武器は80kgのアマトール爆薬。前に同じような任務に使われたものと同じらしい。もっと小型で高性能な爆薬を用意してくれればいいものを。 
 早く作戦開始時間になれ。ケツが痒い。痒いケツがかけるAFSがあったら、そいつを発明した奴の誕生日には、酒を贈ってやろう。 
 やけに寒い。薬の効果が切れかかっているのか? あの少佐の話だと、ナッツロッカーのバイオセンサーと熱センサーを騙すため、仮死状態になっているはずだ。手足の寒さなど感じるわけがない。まずい。すごくまずい。 
 地面に埋めれらたままナッツロッカーに焼き殺されるのは、あまり褒められた死に方じゃない。酒場での笑い話になる死に方だ。 
 今は何時だ? 作戦開始まで何分だ? くそっ、真っ暗で計器が見えやしない。
 とりあえず眠るか。眠ればいろいろ考えなくてもよくなる。ケツも痒くなくなるかもしれん。羊が1匹、羊が2匹……ところで羊ってどんな動物なんだ? 
 爆薬はちゃんと爆発するのか? あの海岸の作戦は最悪だったな。持っていった爆薬のうち半数が使い物にならなかった。あの口だけの特殊部隊員の手柄だ。信管を間違えやがって。爆薬の設置が成功してたら、F-Bootに仲間が殺られずに済んだんだ。 
 ウォルラスじゃなくて、揚陸潜水艦のネプチューンを使う、今じゃ古い方式の上陸作戦だ。真っ暗な海底をえっちらおっちら歩いて、炭酸ガスでくらくらしながら海岸に上がって必死になって爆薬を仕掛けて、シュトラール軍の即応部隊を待ち伏せるはずだったんだが、肝心の爆薬が破裂しなくちゃどうしようもないよな。 
 SAFSを着て、潜水艦の狭いカプセルに納まって15時間。上陸してぶっ飛ばされるまで30分。拳銃1挺で味方の戦線に戻るまで3週間。すげぇ話だ。 
 帰りの3週間はそれなりに楽しかったが、行きの15時間は最悪だった。潜水艦の中はエアコンをぶん回して快適だったらしいが、外に出られないこっちは快適もクソも無ぇ。カプセルがAFS用に設計されたもんだから、SAFSじゃハッチが開けられないわけだ。わずかな隙間から入ってくる冷気を吸って我慢するしかなかったわけよ。 
 もしかして、俺はまたあのカプセルの中にいるのか? あのクソ少佐。俺は二度と揚陸潜水艦には乗らないっていう書類にサインしたはずだぜ? 嘘つきやがったな。 
 まぁ、今回は十分に水が飲めるからいいが……おい、ボトルはどこだ? それより、俺は何だって律儀にヘルメットかぶってるんだ? こんなものどうやって脱げってんだ。 
 くそっ! 電源が入って無いから、ハッチが開けられねぇ。整備の連中は何やってんだ! 
 緊急開放スイッチはどこだ? くそっ、腕が言う事を聞かない。寒い。手足が寒い。 
 ケツが痒い。どうにかしてくれ。おい、誰か聞いてないのか? 
 バナナボートはどこだ? 作戦開始時間は? カプセルの開放はまだか! 
 くそっ! はやく俺をここから出してくれ! 






『爆発、炎上の危険なし。緊急即応班待機解除』 
『エアロック閉鎖。空気注入開始』 
「搭乗員の生存を確認。蘇生医療班をドック内に入れろ」 
「衛星襲撃部隊の生き残りか。作戦終了から収容まで82時間……生きてたら新記録だ」 
「新型スーツの性能は良いらしいな。シュトラールのと違って、脳を完全に凍らせることが無いから、蘇生とその後の回復が早いらしい」 
「脳を凍らせないのか? その間パイロットは覚醒してるのか?」 
「寝てるのと変わらんそうだ……夢でも見てるんだろ。手前勝手の夢を、な」 

bottom of page