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 2882年から始まった地球での戦いは、シュトラール軍将兵に多くの出血を強いていた。 
 当初数ヶ月で終わると思われた地球独立臨時政府を名乗る武装集団との戦いは、開戦から2年が経過した。戦況は一進一退を続け、一万人を超える死傷者が出ている現実をシュトラール共和国政府は受け入れねばならない状況であった。 
 国内では、地球の委任統治権を返上し、早急に全面撤退すべきであると主張する団体も現れ、メディアの賛否も両分されていた。政府は国内の批判を少しでも和らげるために、シュトラール本星出身者で編成される正規師団の派遣規模を縮小し、植民星出身者で編成されるコロニーター師団を主力とすることにしたが、それでも批判の声が小さくなることはなかった。 
 政府に状況の打開を迫られた軍首脳部は、人的損害を減らすため人間そのものの前線配備を少なくするという、前代未聞の大胆な判断を下した。すでに大型艦艇による宙間戦闘の分野においては、無人戦闘艦による戦闘部隊が編成されてはいたが、陸戦部隊の多くを無人化するということは、陸戦史上初めての事であった。 
 陸戦部隊の無人化計画は、第一段階として偵察や哨戒などといった無人化が比較的容易い任務を担う無人兵器を開発・配備することから始められ、その後、戦闘部隊を無人化するという二段構えで行われることになった。 
 2884年初頭時点で、陸戦兵器に搭載されている戦術AIの性能は軍首脳部の要求を満たすほどではなかったが、すでに前線で有効に運用できるまでに発展していた。 
 無人歩行偵察戦車「クレーテ」を手始めに始まった陸戦AIの進化は、大容量のメモリと膨大な電力と強力な冷却装置を搭載した無人ホバー重戦車「ナッツロッカー」で大幅に進み、そこから得られた省電力小型化のノウハウから生み出されたアストライア級戦術AIは、無人無重力偵察機「ノイ・スポッター」に搭載され、無人機自体の小型化は、無人機の戦術面での有効性を高めることになった。 
 統合作戦司令部はこれに満足せず、軍技術開発研究所に対してさらなる高度なAIの開発を命じた。現行の戦術AIは有人部隊の支援が必要であり、前線部隊での無人兵器の割合を7割、もしくは完全無人化師団の編成を目指す司令部の要求を満たすことは不可能であった。 
 アルティメット・インテリジェンス(UI)開発計画と銘打たれたこの要求に対して技研は、宇宙空間での鉱石の採掘・加工を行う無人鉱山船で使われている汎用性の高いAIを基礎にすることにした。これは、鉱山船AIが調査分析能力に長け、独自に全システムの診察・修復ができることが可能であったからである。 
 技研に送られた鉱山船AIは、驚くほどに巨大であった。これは数年間に渡り支援なしで宇宙を航行し作業を続行するために、二重三重のバックアップシステムを搭載しているからであったが、その基礎部分にしても陸戦兵器に搭載するには過大であった。 
 この難題を解決する方法を見出すために、まずはアストライア級AIに鉱山船AIの思考ルーチンを移植するという方法を試してみたが、アストライア級AIの能力ではすぐに「脳ミソが沸騰」してしまった。 
 1基の小型AIに分析・判断させる現在の形式では壁を越えることができないと判断した技研は、複数のAIに並列処理させるという方法を取ることにした。この研究開発から第二次戦術AI開発計画の基となったプロメテウス級戦術AIが生み出された。 
 プロメテウス級でも鉱山船AIの思考ルーチンを再現することはできなかった。そのため、プロメテウス級AIの処理能力を拡大し、さらにそのAIを並列処理に使用するというヘルメス級戦術AIが開発された。 
 ヘルメス級AIは、要求の8割を満たすことができると評価された。ヘルメス級AIは、さっそくナッツロッカーをはじめ、オスカーやノイスピーネといった無人偵察機に搭載され戦場で試験された。同時に、ヘルメス級AIをさらに並列処理に使用するAIの試作型も、陸戦ガンスを改造した実験機体に搭載されて試験が行われた。 
 試作型AIの戦場での試験の結果が良好であり、要求を十分に満たし、さらにそれ以上の性能を持つという報告を受け、技研は試作型AIにゼウス級という正式名称を与え、このAIを搭載する機体を開発した。これが無人指揮機「ケーニヒスクレーテ」である。 
 早速ケーニヒスクレーテを中心とした完全無人部隊4個連隊が編成され、2886年夏に月面、北米、アラビア半島、スカンジナビアにそれぞれ投入された。その一糸乱れぬ作戦行動は、両軍の度肝を抜いた。この成功に狂喜した司令部は、規模を拡大した無人師団の編成を決定し、ケーニヒスクレーテの量産と師団の編成を開始した。 
 しかし、その後前線から送られてきた報告が喜びに沸く司令部の夢を打ち砕いた。それは、欧州戦線で戦う無人連隊が占領した村の確保に失敗したという、一見些細な出来事であった。 
 村を占領した無人部隊は、村の各所に歩哨としてオスカーおよびキュスターを配置していたが、敵対的住民の襲撃に対応できず、さらに夜間に下水道から村内に侵入した傭兵軍SAFS部隊の奇襲を受け、多数の無人兵器を撃破されてしまったのである。 
 これは、無人部隊の主力兵器がナッツロッカーという比較的大型機であり、村といった込み入った地形で、なおかつ施設の損害を最小限にしなければならないといった状況では、十分に真価を示せないのが原因であった。占領地の確保には有人部隊が充てられることになったが、襲撃により、逆に有人部隊の損害が増えるという皮肉な結果になってしまったのである。 
 このため、司令部は歩兵の代わりになる無人機の開発が急務であると認識し、それが完成しなければ友人部隊を無人部隊に変更するという計画の実行は不可能と判断した。そして、急遽技研に対し無人PKAの開発を命じたのである。技研はそのころ新型ナッツロッカーと無人航空機の開発を行っていたが、それらの計画は先送りされ、無人PKAの開発が優先されることになった。 
 技研はPKAのコンポーネントを流用した試作機体をまず開発し、それによる戦場試験を通して得られた戦訓から、改めて一から開発することにした。 
 グスタフをはじめとする各PKAと、様々な陸戦兵器のパーツが集められ、昼夜を徹した研究と開発、平行して試作機の組み立てと試験が行われた。 
 わずか25日で試作1号機が完成した。巨大な光学センサーを中心に複数のセンサーが突き出た異様な頭部を持ち、カマキリのような細長い手足の機体は、人間と同じシルエットを持ちながら、無人兵器特有の非人間さを際立たせていた。特に脚は鳥脚と呼ばれる逆間接で、設計段階から「犬の脚」と呼ばれていた。課題となっていた大きさの問題は、幅はほぼPKAと同じ、高さは脚を伸ばした状態で1.5倍程度に抑えられ、ハードルを無事にクリアした。 
 頭脳としてヘルメス級戦術AIが搭載されたが、無線リンクによりケーニヒスクレーテが直接制御できるようになってもいた。 
 試験場で行われた実用試験において、無人PKAは他の無人兵器から送られる偵察情報を元に家屋へ侵入し、的確な攻撃を行った。この結果は首脳陣を十分に満足させるものであった。 
 無人PKAは増加試作型8機が生産され、地球での試験のために欧州戦線に送られることになった。 


「その気になったらぶち壊しても構わない、か。大した自信だな」 
 コンラートのコクピットの中で、ラムケ大尉は自嘲気味につぶやいた。レーザーガンはエネルギーが十分に充填され、出力調整システムの安全装置も戦闘用に解除されている。相手は味方だというに。 
 機体の各部には円形のセンサーが設置されていた。照準レーザーが一定時間照射された場合、背中に搭載された発煙筒を発火させて命中弾があったことを示す、原始的な演習装置である。 
 演習は、古くよりドナウ川と呼ばれている大河の畔にある村を舞台に、ラムケ率いる『傭兵軍部隊』の襲撃を、特殊任務部隊が迎撃するという想定で行われることになっていた。ラムケ達には特殊任務部隊の内容についての情報は一切なかった。 
『各機準備完了。無線は演習用チャンネルに合わせてあります』 
「技研の連中の条件はなんだ?」 
『典型的な傭兵軍の攻撃方法で攻撃して欲しい、とのことです』 
 クルツリンガー中尉の言葉には笑いをかみ殺した跡があった。送信ボタンから手を離して聞いているハルトヴィック上級軍曹をはじめとする中隊員も同じように笑っているだろう。「典型的な傭兵軍の攻撃方法」とは一体何のことだ? 百戦錬磨の傭兵軍に典型的な攻撃方法など無い。戦場を知らない技研の連中らしい言葉だと思った。 
「注文どおりやってやろう。ハルトヴィック!」 
『ja』 
「俺たちはこれから地球独立民兵軍の血気盛んな攻撃隊だ。すぐそこの村を占領するのが目的だ──捕虜は取るな」 
『了解』 
「おまえが先導しろ。各機、ハルトヴィックに続け!」 
 ラムケが命じると、茂みに隠れていた20数機のPKAが一斉に立ち上がった。 
 ヘッドホンにハルトヴィックの怒鳴り声のような喊声がこだまする。ハルトヴィックのグスタフは物凄い速度で草原を抜け、村の入り口に一直線に向かって行った。 
『右翼よりオスカー、数2、接近中』 
 クルツリンガーの冷静な声が聞こえた。レールガンを備え前面装甲を強化したオスカーが、羊の群れを追う牧羊犬のように向かってくる。オスカーの姿を見たハルトヴィック達は、民兵軍が示す反応の通り回れ右をすると、蜘蛛の子を散らすように駆け出した。 
「あそこまで真似しなくてもいいのにな」 
 オスカーの射撃を受けた数機のグスタフの背中から派手な赤色の煙が噴き出した。オスカーはそのまま逃走するPKAを追う。 
「前進」 
 ラムケは直属の10機を率いて、草原を走り出した。ラムケたちに気づいたオスカーが反転しようとするが、的確な射撃がオスカーの動力部を破壊した。 
「さて、報告書には何て書くのやら」 
 オスカーの哨戒網を突破したラムケたちは村に滑り込んだ。住民のすべてを強制移住させて無人となった村は、不気味に静まり返っていた。 
「キュスターの待ち伏せに気をつけろ。道は歩くな。出来うる限り建物の中を通れ」 
 無線が相手に丸聞こえなのは十分承知していたが、叫ばざるを得なかった。ラムケは民兵軍の指揮官になったつもりで行動していた。少し経験を積みすぎてはいるが。 
『9時方向に駆動音。小型機です』 
「窓に気をつけろ。この手のガラスはレーザーの偏光率が低いぞ」 
『了か……何だこいつは!』 
 次の瞬間、ラムケの左手の方向に赤いスモークが湧き上がった。 
「狙撃か?」 
『敵は建物の中に!』 
「建物の中に、だと?」 
 次々と発煙筒が発火する独特の音が響いた。撃破判定を受けた機体のコントロールシステムは自動的にOFFにされ、無線通信はもちろん、機体情報の発信も行われなくなる。戦術ディスプレイ上の味方機を示すマーカーがみるみるうちに消えていった。 
「歩兵がいるということか」 
 ラムケは疑問に思った。実弾を使う演習だから、相手は無人機のはずだ。歩兵が配置されているはずがなかった。 
『敵は見たことも無いでかいPKAです! こち』 
 無線が切れた。ラムケは壁にレーザーで穴を開けると、家具に構わずに窓に向かって突進した。 
 窓と壁をぶち破りながら外に転がり出ると、向かいの家屋のドアを蹴破り、さらに奥へと走った。 
「くそっ。相手を見つけんことには」 
 ラムケは部屋の真ん中で立ち止まり、今しがた自分が開けたドアの空間に向かってレーザーガンを構えた。 
 駆動音が近づいてきた。クレーテ系のそれとは明らかに違うPKA系の歩行装置の音。しかし、その足音に人の筋肉が介在する気配がなかった。 
 それが戸口に姿を現した。一度見たら忘れられない特徴的な巨大な光学センサーが突き出た鼻に見え、頭部を護る装甲が垂れた大きな耳を思わせた。犬の脚のような歩脚が、ドアの破片を踏み壊す。 
「これはまた……くそでかい犬だな」 


 それは、ラムケのコンラートより一回り大きかった。しかし、背を丸めれば、植民地惑星で使われている標準型の家屋には十分収まるほどの大きさであった。 
「無人……機か?」 
 ラムケは一瞬躊躇した。十分に装甲されている外見はしているが、エクサイマーレーザーの直撃を受けて無事で居られるとは思えなかった。有人機の場合、パイロットが死傷する可能性があった。 
 大型機が腕を挙げた。グスタフと同形のレーザーガンがこちらを向く。機械的な動き。ラムケはこれが無人機だと判断した。 
 しかし、ラムケの一瞬の躊躇が隙となった。警報が鳴った。同時に発煙筒が発火し、機体の動力が切れるのを感じた。機体の安全装置が働いて、無理の無い姿勢でコンラートはゆっくりと倒れた。 
 ドアの向こうに消えていく敵機を見ながら、ラムケはこいつが敵になった時の対処法をいろいろと考えていた。 
 演習はものの十数分で終了した。ラムケたちは文字通り全滅し、特殊任務部隊の損害はオスカー2機とキュスター1機だけであった。 
「完全自律戦闘だったそうです」 
 食堂でビールを飲みながら、ラムケはクルツリンガーからの報告を聞いた。 
「今回の部隊は、ケーニヒスクレーテを指揮官機とした完全無人中隊で、無人PKA──あの大型機です──が8機、オスカー4機、キュスター6機で編成されていたそうです。実戦部隊になると大隊規模に拡大され、ナッツとノイスおよび武装ノイスが付くらしいです」 
「……傭兵軍が勝てると思うか?」 
「?」 
 ラムケの問いに、クルツリンガーは怪訝な顔をした。 
「建物を盾に立てこもる傭兵軍のPKA部隊、狂信的な民兵団、武装した住民──こいつらは最悪の相手だ。野ッ原では無敵の無人機どもも、こいつらには勝てん。しかし、あの犬っころは、文字通りの『無人PKA』だ」 
 どのように相槌を打てばよいのか戸惑うクルツリンガーに向かって、ラムケは言った。 
「……無人PKAが戦場に登場したら、俺達はお役御免だ」 
「いいことではないですか。国に帰れます」 
「ここには、無人部隊と戦う傭兵軍が残るわけだ」 
「そうですね」 
「傭兵軍が無人部隊に負けたらどうする」 
「その頃には、自分は大学でその記事が書かれた新聞を読んでいるでしょう。故郷からここは遥か遠くになります。自分には関係無い話になるかと」 
「……機械どもに人間が負けるんだ。これほど怖いことはない」 
 ラムケはビールを飲み干すと、苛立ちを隠さずに荒々しく席を立った。 

 司令部は無人PKAを実用試験を行うために戦場へ投入することを決定した。この時点で無人PKAには「グローサーフント」の呼称が与えられ、グローサーフント8機とその他無人兵器十数機とともに第171無線誘導中隊が編成された。 
 第171中隊には有人部隊として第892実験中隊が支援に付き、さらに後方部隊とを合わせて第518独立重戦車大隊が編成され、2886年12月に欧州戦線に投入された。第518独立重戦車大隊は戦線到着と同時に、ケーニヒスクレーテ「トマス少将」の無人指揮網に組み込まれた。 
 その頃欧州戦線では、傭兵軍による反抗作戦「ポーキュパイン」が発動されており、各地で戦闘が頻発していた。しかし、シュトラール軍はノイバウテン演習作戦を実施し、無人部隊により傭兵軍の攻撃の芽を的確に叩き潰した。シュトラール軍幹部は、傭兵軍にスーパーハンマー作戦の二の舞を演じさせるのではないかと見ていた。 

「陣地を確保しろ、か」 
 ヘッドホンから聞こえたケーニヒスクレーテ「トマス少将」の声は、男性とも女性ともとれる人間離れしたものだった。生身を持たない指揮官の声。悪夢を見ているようだと、ラムケは思った。 
『陣地といっても、元は街道の物流を担っていた地方都市の……その残骸ですが』 
 第518独立重戦車大隊が布陣しているのは、ドナウ河にまたがる橋を擁する破壊された都市の中であった。この都市は、初期植民時代から物流の中継で栄えていたのだが、中欧地域のイニシアチブを争う両軍によって戦場となり、完全に破壊され無人となっていた。 
「奴らには、自分達の確保している地域か、それ以外か。それしかないのさ」 
『新型AIというから、もっと人間臭いかと思ったんですがね』 
 橋を見渡せるかつての倉庫に身を潜めたハルトヴィックがつぶやく。 
『冗談の一つや二つ言ってみたり、上官にぶーたれるような……夢見すぎですかね』 
「人間と話すために作られたんじゃないからな。奴らは……人間と戦うために作られたんだ」 
 戦術ディスプレイ上に、周囲を警戒するオスカー隊の動きが表示される。大隊の指揮は、ここから数十km離れたところにいるトマスが担当している。指揮官はラムケの中隊に警戒解除・待機を命じていたが、配置についてから8時間が経過した今も休息命令はまだ無かった。 
「犬の様子はどうだ?」 
『大人しく座ってます。自分は猟犬というものを知識でしか知りませんが、猟犬をみているようです』 
「それを使う猟師は山向こうにいるんだが、な……」 
 ラムケは何かの気配を感じた。長年の経験が身体に感じさせる、何か、だった。 
「……警戒しろ。敵が来るぞ」 
『トマスからの情報はありませんが』 
「俺の勘と、機械の情報、どちらを信じるんだ?」 
 ラムケは思わず苛立ちを中尉にぶつけた。ラムケとの付き合いの長いクルツリンガーは、無感情にその苛立ちを受け流し、各種の偵察情報の精査を行った。無人兵器からの敵発見の情報は無い。部隊の配置にも、それらしい動きは無かった。 
「ハルトヴィック! お前らのとこが一番危ないぞ。注意しろ」 
『ja』 
 ハルトヴィックは、部下に武器の安全装置を解除するように言った。自らもレーザーガンの安全装置を外し、視界を確保するためにキャノピの前面下部を覆う装甲板を倒した。しかしながら、自分達の配置場所は陣地のど真ん中にある橋のたもとであり、どこから敵が来るのか想像することができなかった。 
「ん?」 
 ハルトヴィックの眼が、目の前を流れる河の中に不意に浮かんだ泡を捉えた。河の中に泡を吹くような大きな生物がいる話は聞いていない。 
「──来るぞ!」 
 次の瞬間、水面を破って3機のHAFS「グラジエーター」が姿を現した。彼らは警戒網を突破するために、上流から水底を歩いてきたのであった。 
 グラジエーターが数発のロケット弾を発射した。上空に撃ち上げられたロケット弾は急激に進路を変えると、橋のたもとにいたキュスターに突っ込んで火の玉に変えた。 
「大尉! 奴らは河の中です!」 
 ハルトヴィックは立ち上がり、レーザーガンを発射した。しかし、グラジエーターは潜水艦のように水面から姿を消した。 
「シュレッケは無いのか!?」 
 部下の一人がシュレッケを構え、水面から突き出たペリスコープを狙って発射する。ロケット弾は、大きな水飛沫を上げただけだった。 
 傭兵軍の奇襲部隊は河から姿を現し、反応の遅れた無人兵器に次々と襲い掛かった。路上で警戒任務にあたっていたキュスター隊は1発も撃つことなく壊滅し、待機していたナッツロッカーも至近距離から発射されたロケット弾により撃破されてしまった。 
「オスカーと電信柱はどうした?」 
「外縁部に戦闘炎が見えます。戦闘中と思われます」 
 通信は電子戦機のECMにより妨害されていた。妨害下でも通信を維持するための強力な通信機を搭載した無線型ナッツロッカーはどこにいるのかわからなかった。 
「主力と合流するぞ。相手には頭でっかちもいる。このままじゃ支えきれん」 
 ラムケは部下をまとめると、信号弾を打ち上げた。それから予め合流地点に決めていた教会前広場に向かって走った。 
 傭兵軍の奇襲部隊はすでに市街地に深く侵入していた。キュスターの眼を失い、ノイ・スポッターからの有効な偵察情報を受け取れない無人部隊は適切な反撃をできずにいた。しかもAFSは家屋の残骸の中に浸透しており、ナッツロッカーをはじめとする車輌群では対応できない状況になっていた。 
 教会前広場にはクルツリンガーをはじめとする中隊の面々が集まり、全周防御陣を布いていた。損害は思ったより軽く、各小隊の欠けは数箇所でしかなかった。 
「状況は?」 
「街の北から便器が20機ほどが侵攻してきています。支援車輌の姿はありません」 
「橋のところには虫が4匹。それに装甲服が1個小隊ほど」 
「燃料工場跡に、見慣れない二脚がいました」 
 ラムケは現状を頭の中に描くと、各所への対応方法を考えた。 
「第2小隊はこの場を確保しろ。第3小隊は橋に向かえ。第1小隊と第4小隊は俺について来い」 
 レーザー通信機のスイッチを入れる。無人兵器の指揮網に接続するための特別なものである。 
「こちらは第892実験中隊のラムケ大尉だ。傭兵軍の有力な部隊の攻撃を受けている。指示を求む」 
 一瞬の間があって、トマス少将からの言葉が返ってきた。 
『精確な状況を報告せよ』 
「俺達は電子的な情報を有していない。肉眼での情報のみだ」 
『『電子情報を収集できる機体を確認に向かわせろ』 
「無人兵器の指揮権は俺には無い」 
 通信が途切れた。トマスは、人間のいうところの「必死になって」情報収集を行っているのだろう。 
 市街の各所で、無人兵器は独自の判断で交戦していた。といっても、互いの偵察情報を共有できない状態にあるため、戦闘能力に長けた傭兵軍の精鋭に対しては有効な抵抗ができずにいる。 
 ヘッドホンがガリガリと鳴った。 
『状況を確認できない。大隊の指揮権を一時的に委譲する。損害に構わず、陣地を維持せよ』 
「了解した──損害というのは人的なものも含むか?」 
『もちろんだ』 
 ラムケは唇が緩むを感じた。ケーニヒスクレーテが助けを求めたように聞こえたからだ。あちらにその気は無くても。 
 同時にラムケは、ケーニヒスクレーテの意図を悟った。ケーニヒスクレーテたちは、表向きはプログラムどおりにうまく立ち回ってはいるが、実際にはまだまだ赤ん坊同然であり、そのため多くの経験を人間たちから吸収する必要があると認識しているのだ。そのためにラムケに指揮権を委譲し、その指揮ぶりから、戦訓を得ようとしているのだ。 
 まだ戦場に人間は必要なのだ。自分の居場所はまだ有る。そう思うと闘志が沸いてきた。 
 俺は無人兵器に負けない。傭兵軍も負けるな。 
「これから俺は無人機どもの指揮も執る。俺に何かあったら、クルツリンガーの指示を受けろ……任せたぞ、中尉」 
『了解』 
 戦術ディスプレイの表示を切り替え、無人兵器の指揮権が正常に委譲されたのを確認した。無人兵器のAIたちは人間の音声を認識し、曖昧な言葉も理解する。マイクのスイッチを入れ、命令を発した。 
「大隊指揮官より指揮権を委譲された。各員、現在位置を報告せよ」 
 一瞬にして各機の現在位置が戦術ディスプレイに表示された。傭兵軍の攻撃は凄まじく戦力の半分以上がすでに失われていた。オスカーとノイ・スポッターは散り散りになり、無線型ナッツロッカーはドナウ河に落ちて断末魔の悲鳴を上げていた。 
「まともな戦力は残って……」 
 ラムケは、市街の南に固まって待機状態にある一群の存在に気づいた。犬。 
「グローサーフント、応答しろ」 
【******】 
 戦術ディスプレイに通信文のヘッダが表示される。グローサーフントはまだ音声通信装置を装備していなかった。 
「状況を報告しろ」 
 短い答えが返ってくる。 
【SAFSと思われる機体、14機に包囲されている】 
「状況を打開できるか?」 
【支援が必要である】 
「こちらから支援を送る。それまで現地点を確保しろ──ハルツ、第1小隊と第4小隊を指揮して北に向かえ」 
「大尉は?」 
「犬を呼んでくる。俺がくたばったら、中尉にバス停まで送ってもらえ」 
「了解。全員俺に続け!」 
 ハルツ曹長が小隊を引き連れて前進していく。ラムケはたった一人で南に向かった。 
「こちらの位置情報は掴んでいるな? 時機を合わせて突破しろ」 
【了解】 
 たった1機だけが支援に来ると知ったら、人間なら何事かと思うだろう。しかし、グローサーフントたちは何も言い返さなかった。 
 ラムケがグローサーフントが立てこもる街区に達したと同時に、シュレッケ特有の発射煙と爆発音が通りを駆けた。爆炎に走るSAFSが照らし出される。 
 壁の一部が吹き飛び、グローサーフントが姿を現した。最初に通りに飛び出した機体にSAFSの射撃が集中する。最初の一二発は機体各部に取り付けられた増加装甲が弾いたが、すぐに致命打を受けて沈黙した。 
「何も考えずに飛び出すな! 相手は演習の的ではないぞ」 
 ラムケは通りの向かい側に遮蔽物を取り、建物の窓から射撃を行っているSAFSに向かって牽制射撃を行った。 
「感覚を共有しろ! 死角を互いに補え! 隣の奴を護るんだ!」 
 犬たちは、ぎこちない動きでラムケの指示に従った。頭部を盛んに動かして情報を収集し、意見を戦わせ、結論を得た。 
 グローサーフントの2機が通りに飛び出した。同時にシュレッケを発射し、そのまま強引に通りを駆け抜ける。シュレッケは窓枠からセンサーだけを出している機体に誘導され、建物の上部から狙撃していたSAFSを狙う。SAFSがシュレッケを回避すると、一瞬だけ薄くなった弾幕を突いて残りの機体が路上に飛び出し、シュレッケを連続して発射した。シュレッケはのたくった発射煙を曳きながら飛び、次々とSAFSが潜む周囲の建物に着弾し、SAFSの頭を下げさせた。 
「急げ! こっちに来い!」 
 ラムケは発煙弾を撃ち放ちながらグローサーフントを射線の届かない路地に呼び込んだ。ラムケの下に7機の犬が揃う。 
「あの犬を破壊しろ。敵にくれてやる訳にはいかん」 
 そう言うと同時に、2基のシュレッケが吠えた。ロケット弾は狙い違わず路上にうずくまっていたグローサーフントに命中し、炎上させた。 
「俺を蒸し焼きにするつもりか、このクソ犬ども! 今度から命令を聞いたら、復唱しろ!」 


【了解。命令を復唱する】 
「よし、行くぞ」 
【了解。大尉を追尾する】 
 猟師と7匹の猟犬は残骸の森を走った。背後から小隊規模のSAFSが迫っていることは知っていたが、あえて相手にしなかった。それより先に、友軍に合流し体制を立て直すことが大事だった。合流しさえすれば、SAFSの1小隊程度なら相手にできる自信があった。 
「第3小隊」 
『ハルトヴィック受信』 
「そちらの状況は?」 
『相手は橋が目的みたいです。虫と装甲服ががんばってます』 
「損害は?」 
『負傷2、というとこです。キュスターは全滅しましたが』 
「遠くで指揮官殿が聞いてるぞ、報告は正確にしろ」 
『ja』 
「今すぐ行く、お客さんを連れてな」 
 ラムケは第3小隊が布陣した橋のたもとにたどり着き、ハルトヴィックから状況を手短に聞くと、すぐさまグローサーフントに命じた。 
「おまえらは俺達の背後を守れ。おまえらの武器は俺達のより射程が長い。遠距離から狙撃しろ」 
【了解。遠距離から狙撃を行う】 
「何かあったら、まず俺に聞け。目の前に敵が出てきた時以外はな。こちらが済んだら、すぐに支援する」 
【了解】 
 7匹の犬は一斉に回頭すると、残骸の中に姿を消した。 
「気味悪いですね」 
「しばらくしたら、お前の部下はみんなあれになるぞ」 
「犬は嫌いなんですよ」 
 橋にとりついた傭兵軍の部隊は、グラジエーター2機とSAFS10機ほどであった。SAFSのうち数機は、シュトラール軍将兵が「頭でっかち」と呼んでいるラプターだった。 
「あの頭でっかちのレーザーは半端じゃないですよ」 
 第3小隊は橋のたもとの残骸に釘付けになっていた。グラジエーターのロケット弾とラプターの射撃は正確で、隙が無かった。 
「犬を囮にするというのはどうです?」 
「できるなら、それは避けたいとこだ。無人兵器が人間を囮にしかねん」 
「大尉は気にしすぎですよ。無人兵器は所詮は無人兵器だ。人間の代わりに死ぬのが仕事だ。奴らもそれを知るべきだ」 
 ラムケはしばし考えると、決断した。 
「グローサーフント」 
【ja】 
「俺達に一番近い2機は橋に向かって前進しろ。俺達が援護する」 
【了解】 
「猟犬を愛しすぎると、いい獲物は獲れませんぜ」 
 2機のグローサーフントが姿を現した。橋のたもとの敵機を発見すると、姿勢を低くして走り出した。人間が中に入っていないからこそ出来る前傾姿勢で突っ込んでいく。その姿は、まるで猟犬のようだった。 
 見慣れない機体が突っ込んでくるのを見た敵小隊は一瞬戸惑ったようだったが、グローサーフントが橋の半分を渡る頃には、態勢を組みなおして応射を開始した。 
「小隊……撃てッ」 
 残骸から一斉に顔を出したグスタフが、グローサーフントに対して攻撃を行う敵めがけて一斉射撃を行った。橋のたもとに陣取り、最もうるさかったグラジエーターが歩脚を撃ち飛ばされて沈黙する。SAFSも3機が仰向けにひっくり返ったまま動かず、ラプターの1機も河に転げ落ちた。 
「前進!」 
 ハルトヴィックを先頭に、小隊は橋を渡り始めた。傭兵軍の小隊は、橋のど真ん中に立ちレーザーを乱射するグローサーフントに応射するのが精一杯で、小隊に対して阻止攻撃をすることができなかった。シュレッケとレーザーが飛び交い、連続した爆発音が響く。 
『敵が退却していきます。追撃しますか?』 
「そのまま確保しろ」 
 ラムケは路上で立ったまま沈黙したグローサーフントを見つめていた。もう1機も、グラジエーターと相討ちになり、橋のたもとで炎に包まれていた。 
「後ろの敵を殺るぞ。4機残して、残りは俺に続け」 


 ハルツ曹長が指揮する第1小隊と第4小隊は、北部から進攻してきた中隊規模のSAFS、AFSの混成部隊と交戦し、7機のグスタフと3名のパイロット、4輌のオスカーを失いながらも撃退に成功した。第2小隊も、西側から橋への増援を目指して進出してきた6機のゴブリンとAFS小隊を前進を阻んだ。 
 後方防御にあたっていた5機のグローサーフントはラムケの期待通りに戦い、1機を失いながらも5機のSAFSを撃破する戦果を挙げていた。 
 傭兵軍は来た時と同様に速やかに退却していった。戦力に乏しい大隊は追撃を断念し、陣容の建て直しを図った。生き残ったオスカーやノイ・スポッターをかき集め、傭兵軍が撤退していった方面に対して哨戒線を布くと同時に、河川にも数名の歩哨を立てた。橋にはグローサーフント1機とグスタフ1個分隊が配置された。 
「負傷者は教会に収容しろ。動くキュスターは見つかったか?」 
「現在2機を整備中です。1機は武装がイカレてますが、偵察装置は稼動します」 
「西の街道に配置しろ。ハルツ、3人連れて行け」 
 慌しくグスタフが走り出していく。 
「ところで、さっきからトマスから連絡が無いようだが、どうした」 
「他の司令部からの連絡もありません……何か特別な状況が発生しているようです」 
 無線型ナッツロッカーから回収してきた機材をいじっているクルツリンガーが応える。 
「特別な状況だと?」 
「混線した他の大隊の通信を拾ったんですが──トマスが暴走したそうです」 
「何だと!」 
 ラムケたちは知るはずもなかったが、傭兵軍はケーニヒスクレーテの指揮通信網を破壊する特殊作戦「アイス・ブレーカー」を発動させていたのである。通信網に侵入され、指揮系統に大混乱を生じたケーニヒスクレーテたちは、的確な対応をすることができずに各地で撃破されてしまったのである。ウィルスコードを流し込まれたトマス少将は暴走し、味方に損害を与えた後に傭兵軍の攻撃によって残骸にされていた。 
 ケーニヒスクレーテの指揮統制網を失ったシュトラール軍の戦線は完全に崩壊し、各部隊は友軍との連絡を断たれ孤立状態にあった。 
「大隊の指揮権は?」 
「現在は……大尉にあります」 
 ラムケは唸った。しばらく沈黙した後、口を開いた。 
「上位の指揮部隊を呼び出し続けろ。状況が好転するまで、この場を確保する──ハルトヴィック!」 
 コンビーフを食べていたハルトヴィックが走ってくる。 
「犬の面倒を頼むぞ。歩兵のイロハを教えてやれ」 
 植民地星出身の農家の息子は目を丸くした。 
「こいつらは腕は立つが経験の全く無い猟犬だ。遮蔽物の取り方、道の走り方とか色々教えてやれ」 
「仕事を適当にサボる方法を教えますよ」 
「その辺は任せる。言っておくが、こいつらは複数居るが、中身は1匹だ。スクラップになっても、その経験は他の奴が引き継ぐ。失敗を学ばせろ」 
「自分が死なないようにしますよ」 
 ハルトヴィックは4機のグローサーフントと、支援の1個分隊を引き連れて傭兵軍の攻撃が予想される、街の北に向かっていった。 
 ラムケはコンクリートブロックに腰を下ろすと、タバコに火を点けた。紫煙を吸い込み、緊張とともに吐き出す。 
「さてと、これからどうなることやら」 
 ラムケは自分とシュトラール軍の行く末を想像してみた。 
 中隊名簿を埋める無人兵器のコールサイン。指揮を執るはずの自分の名はそこにはいない。そもそも人間は戦場にいないのだ。自分は、とっくの昔にお払い箱になって、故郷の川でのんびりと釣り糸を垂れていた。 
 根っからの前線指揮官であるラムケにとっては、余り良い未来では無さそうだった。

 

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