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『ワイルドギース、我の下へ』 
 植民惑星C-4での反政府暴動鎮圧任務に就いていたネコの下に、こんな短い手紙が届いたのは2883年初めの事だった。 
 ネコは電子メールでも、電送された手紙のハードコピーでもなく、気の遠くなるような長い距離を、人の手を渡って届けられた短い文章が書かれた便箋をしばらく眺めていた。 
 宛先はネコが以前仕事をしていた星の政府宛だったが、それは乱暴に書き直されていた。封も開けた形跡があった。中に入っていた現金は、宛先を書き直した親切な人物の懐に入ったことだろう。差出人もそれを見越して金を入れたのだ。 
 肝心の差出人の名は長旅の途中でついた汚れで見えなくなっていた。筆跡には見覚えがあったが、筆跡と記憶にある人物たちとの顔とは、どれも一致しなかった。 
 しかし、すぐにでも行かなければならない。それが友との誓いだった。 
 数時間後。ネコは現地政府の担当者に傭兵契約の解約を告げていた。暴動も終息間近で、施設の損害が思ったより少ない事に気を良くした政府が珍しくボーナスを出すということになったというのに、なぜネコがこの期に及んで傭兵契約を解約するのか、担当官はその理由を思いつかなかった。ネコは契約時の規定に従い多額の違約金を支払った。そして、そのまま宇宙港へと向かった。 
 封筒に押された消印が行く先を教えてくれた。 
 目的地は、地球。 



 人類が地球を旅立ち、広大な宇宙へと生活圏を拡げてから数百年が経過していた。 
 人類が居住可能な惑星は数百を越え、長期間の居住は不可能だが資源供給源となっている星や、予備調査が進められている星を含めると、数千の星々に地球人類の足跡が刻まれていた。植民惑星には国家が作られ、複数の星系を勢力圏に納める人類史上最大の国家も出現した。 
 国土の急激な広がりは、それぞれの国家に大きな負担を強いることになった。単一政府が惑星一つを管理することはいたって普通のことであり、ただでさえ広い国土の隅々にまで監視の眼を行き届かせることは不可能であった。 
 それらの監視の緩い地域には、危険な原住生物や大国を追われた反社会的集団をはじめとした敵対的集団が蔓延ることになった。国家はそれらの脅威から国民と資源を守るために大規模な機動戦闘力を有する政府組織、いわゆる「軍隊」を保有する必要があった。 
 しかし、国土すべてを防衛しきるだけの軍隊を持つことができるのは一部の超大国だけであり、多くの国は物的・人的両面の理由で満足な軍隊を持つことができなかった。住民がまだ第二世代である若い植民惑星などはその典型例であった。 
 そんな惑星政府が頼るのが「傭兵」であった。 
 「傭兵」──娼婦と並んで人類史上最も古い職業に就く人間は、文字通り星の数ほど存在していた。下は血気盛んな向こう見ずな一人の若者から、上は数個師団の兵力を有する企業傭兵と、規模や錬度は千差万別であり、請け負う任務も多岐に渡っていた。 
 軍隊を組織し維持することのできない国家は、挙って傭兵を雇い入れた。大切な国民を徴兵して危険な任務に就けるより、傭兵を雇った方が格段にコストが安く付いたのである。 
 傭兵になる人材も事欠かなかった。貧富の差は広がり、空腹を満たすために自らの命を危険に晒す人間は後を絶たなかった。巨額な富を得ても、冒険心を満たすために危険を顧みない者もいた。資源の少ない惑星の政府が外貨と物資の獲得のために国策で国民を傭兵として「輸出」したり、紛争で敗れた国の軍隊が丸ごと傭兵化するという事もいたって普通の事であった。 
 それらの傭兵が星々の歴史の表舞台に姿を現したのは、超大国同士による惑星間紛争であった。自国民を敵国惑星上で死なせたくない各惑星国家が大量の傭兵をかき集めて軍の主力としたのである。そのころの傭兵たちの多くは、第4次世界大戦によって破壊された地球を脱出してきた地球人だった。 
 第一次惑星間紛争終結からわずか十数年後に勃発した第二次惑星間紛争では、第一次惑星間紛争で戦った傭兵の子供たちが再び各国軍の主力となった。 
 第二次惑星間紛争終結後の平和な時代が訪れると、傭兵たちは新たな戦いの地を求めて宇宙を彷徨うことになった。 
 人々は、彼らを「戦争の犬」と呼んだ。 


 C-4から5つの長距離路線を乗り継ぎ、太陽系火星を経由し、地球に向かう貨客船に乗ったのは手紙を受け取ってから3ヶ月後の事であった。 
 太陽系地球は、29世紀はじめに勃発した第四次世界大戦において人類が居住不可能なまでに破壊され、人類発祥の地でありながら、他の星系から長らく隔絶されていた。居住可能な環境が復活し、植民が行われて第2世代が育つようになった現在でも、他星系からの直通便は無かった。隣接する火星へ行き、そこから小規模会社や個人が運営する貨客便に乗り換えて行かねばならなかった。 
 衛星軌道上から見る地球は、何度か見た映像記録の中のものと同じ青い星だった。ネコが今まで行ったことのある星の多くは砂惑星で、褐色や砂色が惑星の色だと思っていた。美しいと思った。 
 貨客船はシュトラール軍の軌道警戒船のエスコートを受け、定められた地点から大気圏へ突入した。船は北半球の澄んだ空を飛び、雪と針葉樹で覆われた大地の中にポツリと存在する小さな街に降りていった。 
「ようこそ、地球へ」 
 パスポートを受け取り、ネコは「ありがとう」と言葉を返した。パスポートを懐に収め、わずかな私物が押し込められたトランクを手にする。パスポートの中で微笑む自分は、ボルフォム&チオネル社の女性技術者ということになっていた。この肩書きは、入国管理官が会社に照会するまでの間だけだった。しかし、そんな偽りの身分は宇宙港を出て人ごみにまぎれるまで有効であれば良い。 
 洗面所に入り、寝汗でべた付く顔を拭いた。 
 鏡の中の自分が見返している。丸い小さな顎に、眼鏡の奥の青い瞳の猫のような眼。自分では美人だとは思わなかったが、それなりの評価は受けてきた顔。本名を忘れてしまった後、あるの日系人傭兵がこの顔を見て思いついたあだ名が、今の自分の名前になっている。ネコ本人は、名前が示す小型の肉食獣を今まで見たことが無かった。 
 戦場に身をおいてすでに10年以上の時間が過ぎていた。といっても、初めて戦場に立ったのはまだ子供の時だった。故郷の高重力下の鉱山惑星に居たとしたら、今も陽の当たることのない鉱内で暮らすしか無いはずだから、今の自分が置かれた立場には満足していた。 
 長旅でくたびれたビジネススーツの襟を整え、所々乱れた髪を直す。日銭を稼ぐことだけを考え、毎日を過ごしている傭兵の多くは身なりを気にすることはなかった。星から星への移動の際も、くたびれた野戦服や装具のぶらさがったジャケットに身を包み、飢えた犬の眼で辺りを見回していた。それゆえに「戦争の犬」と恐れられ、同時に蔑まれていたのだ。ネコのような目端の利く者は、それなりに身なりを整え、複数の偽の身分を持つほどの余裕を得ていた。雇い主に足元を見られないようにすることも大事なことだった。 
 地球共和国政府が管理するノヴォクズネツク宇宙港のロビーは静まり返っていた。時刻が遅いということもあったが、火星からの便が少ないのも要因の一つであった。火星発の便の多くは燃料コストの良いより緯度の低い宇宙港に向かっていた。 
 ノヴォクズネツク市はシベリア方面の交通の要衝であったが、シュトラール共和国が支援する地球共和国政府と、地球独立を標榜する地球独立臨時政府との戦いの影響を受け、その交通量は数年前の半分以下に落ちこんでいた。シベリアの地下に眠る天然ガスを掘り出し、燃料として精製することによって発展してきた街も、住民の多くが疎開したために寂れはじめていた。 
 ネコがこの街を選んだのは、監視の眼を逃れるためだった。 
 シュトラール共和国は、地球への傭兵の流入をどうにかして止めようとしていた。なぜなら、彼らが相手にしているのが、地球独立臨時政府が雇った傭兵たちで編成された「傭兵軍」と名乗る武装集団だったからである。シュトラール軍は、傭兵達を「テロリスト」として、見つけ次第拘束、逃亡の場合は射殺も辞さないとしていた。 
 シュトラール軍の監視を眼を逃れて地球に入り込むには、シュトラール軍のパトロールをすり抜けて地球独立臨時政府が支配する地域へ向かう封鎖突破船に乗り込む方法か、地球政府の支配地域へ偽りの身分を使って降り立ち、そこから傭兵軍に合流する方法があった。多くの傭兵が後者を選び、警備が手薄な地方宇宙港に降り立っていた。 
 ロビーには、数人の人影があった。自分と同じ便から降りた数人のビジネスマン。清掃作業員。そして、シュトラール軍憲兵。憲兵はビジネスマンを呼び止めると、身分証明書の提示を求めていた。ネコが近づくが、憲兵はネコを一瞥することもなかった。 


「まさか、あんたが来るとは思わなかったよ」 
 市内のホテルでネコを待っていたのは、一人の老傭兵だった。老傭兵はネコを強く抱きしめ、サンタクロースを思わせる白髭の中に満面の笑みを浮かべた。 
「すぐにあなたに連絡が取れてよかった──これを見て」 
 ネコが差し出した便箋を見たサンタクロースは、小さな丸眼鏡を掛けると文面を読んだ。 
「……これは?」 
「C-4で仕事をしていた時に、私のところに届いたものよ。だから、ここに来たの」 
「『ワイルドギース、我の下へ』……あの時の約束だったな」 
「そうよ。伯爵」 
 老傭兵は、便箋をネコに返した。彼の名は、カルル・グスタフ・フォン・ルーセン。先祖代々の爵位を持っていると公言し、それ故に『伯爵』と呼ばれていた。若い頃は宙間・大気圏内パイロットとして戦場を駆け、引退後は物資輸送と傭兵の斡旋を主とする会社を経営していた。 
「あんたも分かっていると思うが、これを書いたのは儂ではない」 
「わかってるけど……筆跡に見覚えは? あの13人の中の誰かなのは確かよ」 
「似てる字を書く奴がいたことはいたが、思いだせん」 
「……他の人は来てるの?」 
「何人かは来てるだろう。少なくとも2人はオーストラリアにいるようだ」 
 ネコは椅子に腰を下ろした。 
「約束…………もう7年も前の話だな。お嬢ちゃんも大きくなったもんだ」 
「昔の話よ。その2人とは連絡取れる?」 
「時間はかかるだろう。転戦してるかもしれんからな。その間はどうする? 戦争見物ってわけにもいかんだろう」 
「口はあるの?」 
「儂が地球にいる理由がわかるだろう?」 

 2882年春。委任統治権を銀河連邦から預けられたシュトラール共和国による治安維持活動に不満を持った一部の集団が、地球独立を宣言した。地球独立臨時政府を名乗った彼らは民兵軍を編成し、治安部隊への襲撃、入植地の占拠を行った。民兵軍の規模は日々拡大し、占拠された入植地は多数に及んだ。 
 シュトラール共和国は、現地の親シュトラール派に地球共和国政府を樹立させ、同政府からの反乱鎮圧要請を受け、正規部隊の派遣を決定した。この行動に対して独立政府はシュトラール共和国に宣戦を布告するのである。 
 反乱鎮圧には連隊単位の傭兵を主軸とする外人部隊が投入されていたが、5月の終り頃にそのうちの3個大隊が反乱を起こして部隊を脱走、民兵軍へと寝返ったのである。脱走部隊の助けを得て民兵軍はシュトラール治安部隊を撃破し、多くの装備と物資を手に入れた。 
 民兵軍はさらに膨れ上がり、秋には地球全土を事実上の支配下に置いた。独立政府は銀河連邦に正統政府の承認を要求したが、その要求はシュトラール共和国の圧力により無視されることになった。 
 戦闘経験と様々なコネクションを持つ外人部隊を、独立政府はそれまでに無い待遇で迎え入れた。十数万の戦力を有している民兵軍だったが、その錬度は素人同然であり、武装警察に毛が生えた程度の治安組織と戦うのが関の山で、シュトラール正規軍とは戦うことは不可能であった。独立政府は、シュトラール正規軍と戦うことのできる武装組織の創設を目指して、外人部隊幹部に兵員や装備を集める権限と資金を与えたのである。 
 独立政府に下駄を預けられた幹部たちは、持ち前のコネクションを使って瞬く間に数千名の傭兵と、ブラックマーケットに流れていた旧式だがそれなりに信頼性の高い装備をかき集めた。 
 夏の終りには数個連隊の編成が完了し、ここに「傭兵軍」が誕生したのである。傭兵軍は独立政府首都であるオーストラリアのニューキャンベラをはじめとする拠点に配置されたのを皮切りに、シュトラール軍に対する主力として世界各地で部隊が編成された。 
 この動きに対しシュトラール軍は正規部隊を投入、傭兵軍との激しい戦争が始まったのである。 

「傭兵軍に傭兵を斡旋してるわけね」 
「独立政府の報酬は破格だ。給料も正規軍並──しかも、市民権がもらえる」 
 その言葉にネコの眉がピクリと動いた。 
 傭兵の多くが故郷を捨てた根無し草だった。本当の自分を証明する手段も無く、人並みの生活を願っても、彼らを受け入れてくれる国は存在しなかった。そんな傭兵たちに、独立政府は市民権を与えるというのである。 
「前線で5年、もしくは3年以上戦って再起不能な怪我をした場合に限る話だがな」 
「うまい餌ね」 
「こうでもしなければ腕のいい奴らは集まらんよ。地球に着いてから、ろくな対戦車兵器も無しにシュトラール軍の機甲部隊と戦わなくちゃならんと聞いても遅いがな」 
「新聞を読んだ限りだと、シュトラール軍もかなり苦戦してるみたいじゃない。傭兵軍は強化されているんでしょ?」 
 ネコは予め地球を巡る戦いについての情報を収集していた。いくら金を詰まれても、万に一つも勝ち目のない戦いに参加しないのが、生き残るコツである。 
「そりゃ、儂のような人間が集まっておるからな。金さえだせば、大国の軍隊にも勝てるだけの装備を揃えるさ」 
「それにしても、地球独立臨時政府──ただの武装集団の割には、金を持っているのね」 
「お嬢ちゃん、地球って星の価値をわかってないようだな」 
 ルーセンは含み笑いを漏らしながら、1本のワインを取り出した。 
「地球には無限と言ってもいい量の水がある。火星をはじめとした太陽系外惑星入植地は地球の水を頼りにしている。第4次世界大戦から再入植のまでの間に、渇きを癒すために火星の氷冠を掘りつくしたぐらいだ──月には利便性で負けるが、地下資源も豊富だ。それに有機物であふれた土地がある。そこら辺の農家の畑一つで、軌道上の栽培プラントの数百倍の作物が作れる。それらを輸出して外貨を稼いでいるんだ」 
 ワインの栓を抜き、グラスに血のように赤い液体を注ぐ。 
「それに『地球』というブランドに、人類は本能的に惹きつけられる。地球産のアンティークには、万金の金が積まれる。放射能汚染されていないワインセラーを見つけ出したら一生遊んで暮らせるぞ。今飲んでいるワイン1本で、中古の宇宙商船が買えるほどだ」 
 ルーセンが意味ありげな視線を送ってきた。すでにそれらのお宝を手に入れて、投資以上の金を手にしたのだろう。 
 地球独立臨時政府は、それらの資金源から得られる膨大な金を使って傭兵軍を編成したのだ。世界各地に軍需工場を建設し、兵器と弾薬の生産も行っていた。 
 目の前に一枚の書類が置かれる。良く見慣れた契約書だ。 
「半年の契約書だ。もちろん延長もできる」 
「最初からこのつもりだったのね」 
「腕のいい傭兵は高く売れる」 
 ネコは書類に眼を通した。そして、ある一文を見つけた。 
「この前払い金というのは何?」 
「傭兵軍には画期的な新兵器が導入されてる。それを使うためには、その兵器の代金の半額を払う必要があるのさ。支払わなかったら、小銃担いでえっちらおっちら歩くことになるぞ」 
「車輌は苦手よ」 
「その新兵器はそんなもんじゃない。悪いことは言わん。払っておいた方がいいぞ」 
「伯爵がそう言うなら」 
 ネコは契約書にサインした。 
「それと……これを持っていくと良い」 
 ルーセンの差し出したバッグを受け取り、開く。中には保温下着やダウンジャケット、毛布などが入っていた。 
「山でも登らせる気?」 
「お嬢ちゃんが行く先では必要になるさ。本来なら金を払ってもらうんだが、お嬢ちゃんにはサービスしとくよ」 
 戦場のサンタクロースが、また笑った。 

 ネコはルーセンの荷物とともに、シベリアから地球独立政府の支配地域である東部ヨーロッパへ移動した。そこから北上し、ラップランドへ向かった。 
 地球の地名は、植民後に作られた新しい都市や、シュトラール軍によって改名された街などを除いて、第4次世界大戦以前に呼ばれていたものがそのまま踏襲されることになっていた。 
 ラップランドを含むスカンジナビアは、ロシア方面に展開するシュトラール軍に対する前線として、そしてロシア方面の部隊への補給を行うシュトラール軍船団を攻撃する航空部隊の展開地域として、欧州の傭兵軍の重要拠点だった。 
 ネコが到着したのは、コラ半島の付け根にあるカンダラクシャという、水産資源が回復した海洋で漁を行い、缶詰や肥料に加工することで生計を立てている小さな港町だった。 
 傭兵軍第44装甲猟兵連隊の駐屯地は、町の外れにあった。 
 駐屯地にはカマボコ型兵舎が並び、コンクリートで防御された陣地がそれらを守っていた。衛兵に書類を渡すと一つの兵舎を示された。 
「冷凍庫へようこそ」 
 ネコを出迎えたのは、笑みの中に危険な雰囲気を漂わせている傭兵だった。傭兵の世界では兄弟そろっての暴れん坊として知られるジオット・ウツフィ中尉。第44連隊AFS大隊の臨時大隊長である。本来の大隊長は、風呂場で足を滑らせて怪我をしたため入院しているという話だった。 
「噂は聞いてるわ」 
 差し出された手を軽く握りながら、ネコは答えた。 
「伯爵の推薦なら腕は確かだろう。ちょうどウォッカかっくらってサウナに入って心臓麻痺で逝っちまった曹長の代わりを探してたとこだ。その後釜についてもらう」 
 ネコは手渡された書類入れの中身を確認した。契約書の写しと伍長の階級章。それに軍票の束。 
「まずは3ヶ月ほど伍長で勤務についてもらう。その後は働きに応じて階級は上がる。もちろん下がることもあるがな。士官になるには士官学校に行くか、大尉止まりの野戦任官のどちらかだ」 
「軍隊並なのね」 
「半年前ならいざ知らず、今の傭兵軍はれっきとした軍隊だよ。出身国や前歴を問わない完全志願制の軍隊だ。わずか三個大隊から、たった1年で地球規模にまで成長したんだ。いつまでも場末の傭兵部隊としてたらまっとうな管理ができん。管理がザルだと、質の悪い口だけ野郎が入り込んでくるからな。そんな奴に命は預けられん」 
 ネコは大隊長を病院送りにした犯人を知った。 
「さて、着いて早々で悪いが新兵器と対面してもらおう。近々大きな作戦があるんで、人手が必要なんだ」 
「その新兵器というのは?」 
 ネコの問いに、中尉はニヤリと笑った。 
「まぁ、乗ってみることだ」 

 AFSに対するネコの第一印象は、「手足の生えたロッカー」だった。 
 AFS(Armored Fighting Suit)は、フレール・フルマー技師が開発した体力増強スーツを基に作られた個人用装備で、名前の通り「装甲で覆われた戦闘服」であった。 
「こいつはMk.Ⅰ。向こうの少し形が変わってるのがMk.Ⅱってことになってる」 
 整備兵はネコの身体のあちこちの寸法を、特に胸や腰の辺りを熱心に測りながら、世間話をするように言った。整備兵の説明によれば、AFSは特定のパイロットの身体に合わせて調整するため、体格が大きく違う他のパイロットが使うのは無理とのことだった。 
 難燃性繊維で作られた粗末なパイロットスーツを着込み、薄いパッドの入ったコムキャップを被ったネコは、背中のエンジンカバーを持ち上げて主を待つAFSの中に潜り込んだ。腕と足を装甲の筒に通す。まさに「乗る」と言うより、「着る」であった。 
 AFSは非常に簡単な構造をしていた。パイロットを護る装甲で作られた服の背中にパワーソースを背負い、装甲の隙間に通信装置とセンサーと武装を積み込んだだけだった。センサーも、簡単なレーダーとレーダー/レーザー感知装置、敵味方識別装置だけであった。 
 こんな簡単な兵器であったが、実戦配備が開始されたのは2883年6月で、登場からまだ半年前も経っていないピカピカの新兵器だった。 
 ヘルメットと胸部装甲の間にわずかに開いた隙間が周囲を見ることのできる窓であった。そこには可動式の防弾バイザーがはめ込まれており、防弾ガラス製のバイザーを下ろすとただでさえ狭い視野が狭くなった。レーザーガンのサイトやレーダーの情報を表示するためには、このバイザーを下ろす必要があると聞いても驚かなかった。 
 目の前にはマイクと飲料水バッグにつながるストローが内蔵された大きな酸素マスクと、小さな計器が並んでいた。計器が表示するのは燃料、レーザーの反応剤の残量、エンジン出力などのわずかな情報だけであった。その他の機体の不具合は、身体で感じるしかないと言われた。 
 武装は左腕に搭載されたレーザーガンだけ。直径4cmのレンズから発振される3.8ミクロン波長の中間赤外線レーザーの熱量で、照射された目標を焼き切るのである。搭載された反応剤の量は、対装甲用のフルパワー射撃なら7回、非装甲目標用のノーマルパワー射撃なら50回程度の射撃が可能だった。火力だけの面で見れば、AFSは中戦車と同様の火力を持っていた。 
 機体の調整と整備で丸々2時間が掛かった。通常でも着脱には30分ほどの時間が掛かる。 
「エンジンスタート」 
 分厚いパッドを通して、背中にあるエンジンが動き出した。エンジンが生み出した電力と油圧が手足を動かす動力になるのである。バッテリーを使うことで、短時間であれば無音で行動することも可能だった。 
「力を入れる必要は無いぞ。下手に力を込めると、逆に身体が壊れる」 
 そう言われても身体が緊張していた。フレームが重量を支えてくれるため重さは感じなかったが、初めて歩いた時のように慎重に一歩を踏み出した。一歩を踏み出すと、次の一歩は簡単だった。恐る恐る手を動かし、稼動範囲とパワーアシストのレスポンスの状況を確認する。AFSのパワーアシストシステムは、高速で移動することにメインが置かれていたため、腕部の筋力増強率は高くは無かった。と言っても、重いレーザーガンを軽々と動かすことができるほどである。 
 しばらく熊のようにのそのそと動き回って感じを掴むと、大胆に身体を動かせるようになった。 
「そこのスパナが見えるか? 取ってみろ」 
 頭を回し、スパナを探す。すぐに視野に装甲板がかぶさってきた。ネコは、視界の狭さを身体の動きでカバーしないとだめだと悟った。首と同時に身体を動かし、スパナを見つける。手を伸ばす。手の先には、パワーアームと呼ばれる延長された腕部がある。手と同じ動きをするというが、視線と手先の位置のずれを脳内で補正するには時間がかかった。数分をかけて何とかスパナを掴みあげた。 
「なかなかスジがいいな。2時間ほど動ける燃料を入れてあるから、その辺を動き回って慣れることだ」 
 ネコは手を挙げて応えると、ウサギのように飛び跳ねてみせた。 


 2883年秋。 
 傭兵軍はオーストラリアでは守勢に立たされており、2882年11月にシュトラール軍に占領された首都ニューキャンベラを奪還するなどということは夢の話であった。そこで、オーストラリア方面の圧力を低減させることが必要と判断され、欧州方面での攻勢が行われることになった。 
 AFSを主軸とする傭兵軍は独立民兵軍の支援を受けつつ、ウクライナ方面でシュトラール軍数個師団を粉砕、敗走するシュトラール軍を追いそのまま北上した。シュトラール軍は戦線の崩壊を食い止めようとしたが、AFSに対する有効な対抗手段を持たないためにズルズルと後退を続けた。そして、11月末にはアルハンゲリスク前面まで押し込まれることになった。 
 白海に面した不凍港アルハンゲリスクは、欧州東部とロシア方面に展開する部隊への低緯度地域からの海上補給路の終点となっており、ユーラシア大陸の最重要拠点であった。
 2883年秋頃から、アルハンゲリスクには越冬のための物資を満載した輸送船と、それを各地に運ぶための補給部隊が集結し始めており、港湾施設と共にこれを一網打尽にすることができれば、この方面のシュトラール軍の継戦能力を奪うことができると考えられた。とはいえ、アルハンゲリスクには航空攻撃や海上からの攻撃に対応するための大要塞「シュリュッセンブルグ」が存在しており、湾内には多数の砲艦が配置されていた。簡単に攻略できる目標ではない。 
 シュリュッセンブルグ要塞は、6基の多層構造コンクリート製トーチカで構成されており、各トーチカの上部には各種センサーと、それに連動する対空砲座と対艦ロケット砲が設置され、中部には分厚い鋼鉄製の防弾扉を持つ砲座が配置されていた。それら砲座には15cm砲と24cm砲が配置され、それらも海上を指向していた。傭兵軍の海上兵力では要塞に太刀打ちすることは無理で、航空攻撃によって要塞を破壊することも不可能であった。しかし、守備隊は要塞に防御を頼りきっている観があり、アルハンゲリスクの背後にある丘陵部の守備兵力は皆無であった。 
 後退したシュトラール軍野戦部隊と各地への補給物資を運ぶための輸送部隊が、アルハンゲリスク前面で大渋滞を起こしていることを発見したのは、アルハンゲリスクへの海上輸送路を攻撃している第6爆撃航空団の偵察機だった。第6航空団は偵察を続行し、その大渋滞がそう簡単に回復できない大混乱であることを報告した。 
 傭兵軍はこの大混乱に乗じてアルハンゲリスクの施設と物資の奪取を目的とする「シャーベットガーデン」作戦を発動した。攻撃主軸には、欧州各地の連隊からAFSを供出を受けて増強された第12、第44、第45装甲猟兵連隊の3個連隊が充てられ、支援には独立民兵軍の6個歩兵連隊が付けられる大作戦であった。 
 慌しく作戦準備が行われた。冬季装備や降雪地での作戦行動の経験が不足していたが、兵達の間には勝ち戦に乗じて一気に攻略しようという気分が充満しており、作戦は12月中旬に実行されることになった。 

 整備が終わったAFSが輸送船へ運ばれていく。AFSは基本塗装の上に冬季迷彩としてオフホワイトの水性塗料が塗られていた。このホワイトの塗料も不足しており、前面だけを塗っただけの機体も多く、塗装指示の不徹底から中にはまったく塗られていない機体もあった。 
 不足しているのは塗料だけではなくラジエターの不凍液もそうだった。そのため、指揮官に優先的に支給された。 
「作戦は簡単だ。上陸し、前進し、突入し、奪取するだけだ」 
 ウツフィ中尉の言葉に、AFSパイロット達から笑い声が上がった。すでに作戦の詳細は各指揮官から伝えられており、ウツフィの言葉は単なる挨拶のようなものであった。 
「合流地点のマーカーを見落とすな。間に合わなかった奴は置いていくぞ。時計合わせ……作戦開始」 
 ネコは輸送船に乗り込んだ。ネコの所属する第3中隊は他の中隊の支援が主な任務だった。中隊長は傭兵歴の長いコッコ少尉。 
「伍長、ピドルパックには注意しろ。漏れたら股間が凍傷になる」 
 少尉はネコの肩をポンッと叩いて言った。自分が緊張しているように見えたのだろう。ネコは微笑み返し、手にしていた支給品のバトルスピリッツと呼ばれるウォッカとタバコを交互に見た後、タバコを差し出した。 
「私は吸わないので、どうぞ」 
「ああ、すまんな。後で予備のパックを探してこよう」 
 少尉はまた肩を叩くと、他の小隊員の下に向かった。 
 小隊員の面々は、コッコと先任下士官以外は経験の少ない若手に見えた。傭兵軍全体がそんな感じだった。ベテランは指揮官として各部隊にばら撒かれ、その下は高い報酬に釣られてやってきた経験の無い若者たちで占められていた。中には年嵩なだけで碌な経験も無いのにもかかわらず、コネを使って指揮官についている者もいた。そんな者は戦場で淘汰される結果になった。 
 第44装甲猟兵連隊を載せた輸送船団は、早い夕暮れの中カンダラクシャを出発した。夜明けは午前8時過ぎで、上陸は夜が明けきらない頃に開始される予定だった。他の連隊を載せた船団も、夜の海に乗り出していた。 
 若手達は迫り来る大作戦に興奮し、大声で話したり、カードに興じていた。指揮官たちもあえてそれを止めることなく、自分のペースを守っていた。ネコも補給物資の袋の山に背を預けると、少しでも眠るために眼を閉じた。 
「上陸2時間前!」 
 眼を閉じた直後に号令が鳴ったと思った。時計の針は丸々3時間は寝ていたことを示していた。のっそりと起き上がり、眼鏡をかける。 
「食えなくても飯は食っておけ! 上陸したらしばらく温かい飯にありつけなくなるぞ!」 
 船内が慌しくなる。ネコは給食の列に並ぶと、温かさと量だけが売りの飯を腹いっぱい詰め込んだ。 
 輸送船の上空を第6爆撃航空団のJ40の編隊が駆け抜ける。彼らの任務はアルハンゲリスク前面の敵部隊を空襲し、注意を引きつけることだった。 
「上陸1時間前!」 
 船団はアルハンゲリスクと丘陵を挟んで向かい側にある上陸地点に向かって進路を変えた。丘陵がレーダーを遮る形になり、船団は発見されないはずである。 
 AFSの装着と暖機が始まった。第44連隊には4個中隊編成のAFS大隊があり、約130機のAFSが配備されていた。1個中隊が乗る各船には30機ほどが載せられている。しかし、整備兵の数が少ないため、AFSの面倒は中隊員が担うことになる。整備兵の指示を聞きながら、各員は自分のAFSを目覚めさせる。 
 陸地の影が見えてきた。分厚い防寒具に身を包んだ対空見張り員たちに緊張が走る。 
「上陸用意!」 
 ネコは防弾バイザーを下ろした。緊張で呼吸が荒くなる。右手を動かし、緊張を解そうとする。 
 結局シャーベットガーデン作戦までの間に実戦には参加できなかった。1ヶ月ほどの訓練と哨戒任務で、一応はAFSを着こなせるようにはなっていたが、不安は尽きなかった。 
「気張る必要は無い。曹長の言うとおりにすればいい」 
 中隊員の一人一人を見回っていたコッコ少尉が、ネコの胸部装甲を軽く叩いて言った。その言葉に応えるように、先任下士官のコモ曹長が手を上げる。 
 少尉がネコのヘルメットに自分のヘルメットを寄せて言った。 
「伯爵からよろしくと言われてる」 
「伯爵から?」 
「少なからず縁があってな、あのサンタクロースには。知り合ったのは、サンズ第2惑星での仕事の時だったが……その後も何かと面倒を見てもらって、今度も地球に呼んでくれた」
 コッコ少尉はバイザーの奥で笑った。 
「まずは地球での流行に慣れる事だけを考えろ。このAFSは、これからの戦争のやり方を根本から変える新兵器だ。これに習熟することは、君のこれからに有利に働くだろう」 
 コッコ少尉は軽く敬礼すると、次の兵士に話しかけた。ネコはヘルメットを二三度軽く叩き、大きく息を吐いた。 
 船団は上陸予定地点であるグレーベル岬の西岸に到着した。砂浜には先導隊が灯した誘導灯が揺れていた。輸送船は静かに停止すると、AFSや支援部隊を載せたエアクッション艇を次々と海面に下ろした。エアクッション艇は誘導灯を目指して進み、砂浜に這い上がった。 
『コンパスを確認しろ。前進!』 
 ウツフィ中尉に率いられたAFS部隊が丘を這い上がっていく。積雪はこの時期にしては奇跡的と言ってもいいぐらい少なく、ところどころ地面や枯れ草が見えているほどだった。ネコも通信部隊を助けながら丘に上がった。 
 無事上陸を果たした連隊は、北東にあるアルハンゲリスクを目指して行軍を開始した。他の部隊も上陸を完了し、第12連隊は、アルハンゲリスク南西部に上陸し混乱するシュトラール軍への攻撃に、第45連隊は、第44連隊の北に上陸し、アルハンゲリスクへ向かっていた。 
 夜明け間際にアルハンゲリスクを見下ろす丘に到着した。灯火管制下のアルハンゲリスクは闇の中に沈んでいた。要塞から、空襲を撃退するために対空砲火が南に向かって放たれているが、こちらに気づいている様子は無かった。ネコはレーザーガンの安全装置を確認すると、コモ曹長の指示通りに配置についた。 
 AFS部隊が攻撃を開始したのは、夜明け直後のことだった。突然のAFSの大群の奇襲にシュトラール軍は対応が遅れ、防御ラインは瞬く間に突破された。しかし、夜明けと同時に発生した濃密な霧がAFSのそれ以上の前進を阻んだ。 
 主兵装である中間赤外線レーザーは雨や霧によって拡散してしまい、打撃力を失ってしまうのだ。AFSの代わりに攻撃を続行した歩兵部隊も、態勢を立て直した装甲部隊によって簡単に撃退されてしまった。 
 数時間にわたり戦闘が行われたが、正午を過ぎても一向に晴れることのない霧のために、これ以上の攻撃を行うことは断念され、丘陵地域まで後退することになった。 
 こうして第一次攻撃は呆気なく終了した。 


 警戒配置にあった第3中隊は、足の先まで凍てついていた。砂漠生まれのAFSは冬季の北極圏での活動についてはまったく考慮されていなかった。ヒーターがあるにはあるが、背中だけがやたら暑く、汗を吸った下着が腹のところで凍りつくほどだった。幸いネコはルーセンからもらった保温下着のおかげで、それらの不具合からは逃れていた。が、足先は10分も動かさないでいると感覚を失った。警戒中のAFSは身体が凍ってしまうのを避けるために、熊のようにそこらをうろうろと歩き回った。 
 第3中隊が霜柱になりかけていた頃、攻撃部隊がのろのろと帰ってきた。 
 丘陵地域に退却した部隊は、燃料と弾薬を補給し、損傷した機体の修理を行った。損害そのものは少なかったが、降雪は無いにせよ零下20℃近い寒さに将兵は疲弊していた。そのため第二次攻撃には、それまで後衛についていた部隊が充てられることになった。 
「出撃は1900。各自準備をしろ」 
 コッコ少尉の指示が伝えられる。警戒配置は歩兵部隊が引き継ぎ、第3中隊は弾薬と燃料を補充した。 
 ネコは思い切ってウォッカをあおり、レーションを飲み下した。寒さで凍てついていた身体のエンジンがかかり、ジワリと体温が上がってくるのを感じた。 
「前進」 
 コッコ少尉を先頭に、第二次攻撃隊がアルハンゲリスクを目指して丘を降り始めた。すでに冬の太陽は地平線の遥か彼方に沈み、辺りは灰色一色に包まれた。 
 40機のAFSが隊列の先頭を走る。積雪の少ない斜面を、時速30kmを超える速度で駆け下りていく。AFSの強さは、レーザーガンと車輌では入り込めないような地形を突破するクロスカントリー性能であった。 
 第一次攻撃を撃退した守備隊は、今度は装甲車輌を前面に配置し、迎撃態勢を整えていた。そのため丘陵斜面上での遭遇戦となった。 
 酸素マスクからの酸素の流入量を大きくしても、息は荒く大きなままだった。パワーアシストがあるとはいえ、手足を動かすのは自分自身だ。止まれば的になる。動き続ける必要があった。 
 斜面の下からは数輌の装輪装甲車が這い上がってくる。搭載された対空機関砲が火を吹き、弾幕が周囲の地面を引き裂き、砂や泥を跳ね上げる。 
 ネコは一瞬だけ停止すると左腕を上げ、装甲車を狙い撃った。移動しながら射撃したレーザーは装甲車の装甲を掠めただけだった。続けて撃った2発も霧のために威力が低下し、損害を与えられなかった。 
『投擲距離に入ったら、順次投擲しろ!』 
 第一次攻撃隊の戦訓から第二次攻撃隊には、工兵が使う投擲爆薬が支給されていた。腰部アーマーと尻部アーマーにかけて張られたワイヤーに安全ピンを通す形で3個が装備された爆薬は、大きな缶に柄をつけただけの簡単な構造だった。生産は缶詰工場が担当していると言う話である。 
 手を回して爆薬の柄を掴むと、思いっきり引き抜いた。安全ピンが外れ、起爆レバーが稼動状態になる。柄に取り付けられたAFSのパワーアームの馬鹿力でないと動かすことのできない起爆レバーを握り締めると時限信管が作動した。ネコはアンダースローで爆薬を投擲した。爆薬は装甲車の脇に落ち、大きな爆煙を作った。装甲車は一瞬浮き上がるとドスンと地面に落ち、動かなくなった。乗員が脱出するのが見えたが、それは無視して脇を走り抜けた。 
 各所で投擲爆薬が爆発する。さらに数輌の車輌が破壊され、歩兵は陣地を捨てて逃げ出した。 
『前進!』 
 コッコ少尉が叫ぶ。下士官達が怒鳴り声で復唱する。 
「残りは歩兵だけだ! AFSの装甲は機銃では抜けない。前進しろ!」 


 ネコも何かと遮蔽物に隠れようとする兵を叱咤し、前進を促す。AFSは爆薬を投擲しながら斜面を駆け下り、アルハンゲリスクの一歩手前までたどり着いた。あとは、周囲を護るコンクリート壁を乗り越えるだけ。 
『突入!』 
 コッコ少尉が叫んだ直後、目の前に炎の壁が立ちはだかった。要塞からのロケット弾攻撃だった。守備隊は海上を向いていたロケット砲を突貫工事で内陸へと向け、丘陵地域を射角に収めたのである。 
 突然のロケット弾の弾幕に前進していた部隊は包まれた。小口径の砲弾の破片に耐えられる装甲も、猛烈な爆圧で周囲をなぎ払う大口径ロケットには無力だった。数機のAFSが空高く吹き飛ばされ、脚部や動力部を破壊されたAFSが倒れる。 
 ネコがコモ曹長が戦死するのを見たのは、ロケット弾が降る真っ只中でのことだった。曹長は擱座した部下を救うために駆け寄ったところをロケット弾の直撃を受けたのである。 
『中隊長がやられた!』 
 その声に振り返る。視線の先に轢かれたカエルのように転がっているコッコ少尉の機体があった。周囲はロケット弾が着弾し、爆風と吹き上げられた土砂が荒れ狂っていた。 
 ネコは三度大きく深呼吸して覚悟を決めると、遮蔽物から走り出た。まっすぐに走らず、ジグザグに走る。こうすれば命中率が下がると言うわけではなかったが、そうせずにはいられなかった。 
「少尉!」 
 コッコ少尉機の下に走り寄り、機体を確認する。脚部と右腕に大きな損傷があった。バイザーの中を覗き込む。少尉の顔は血に塗れ、一見すると死んでいるように見えた。が、ネコはどうにかして少尉機を担ぎ上げようとした。 
 真横にロケット弾が着弾した。猛烈な爆風に腕を持っていかれそうになった。体勢を立て直し、少尉の上半身を持ち上げるとラジエターの開口部に手を差し込み、強引に引きずった。 
「退避しろ! 急げ! 100m下がれば安全よ!」 
 ネコは叫んだ。射角の関係か、射程の問題なのか、ロケット弾の弾幕がある位置からは先に伸びないのを見たからである。ネコの声に応えた機が、近くにいた兵の肩を叩いて知らせる。 
 第二次攻撃隊は、弾幕に追われるように丘の上に叩き戻された。 

 二度の攻撃を跳ね返された第44装甲猟兵連隊には後がなかった。燃料・弾薬の予備は無く、第二次攻撃の際の大損害により、戦闘可能な乗員の多くも失っていた。 
 コッコ少尉は腕と両脚に重傷を負った。極寒地での負傷は軽微なものでも生死に関わることがあり、早急に体温を維持するバッグに詰められて後方に運ばれて行った。ネコと少尉が言葉を交わす暇は無かった。 
 第45連隊も第44連隊同様の状態であり、攻撃はあと一度が限界であると両連隊長の意見は一致していた。第三次攻撃は翌朝に行われることになった。 
 第6爆撃航空団の攻撃機が、一晩中アルハンゲリスク全域に対しての攻撃を行った。シュリュッセンベルグ要塞と守備隊は攻撃機の撃退に奔走することになり、丘陵部に追撃隊を送り出す余裕を作り出せなかった。航空団は20機ものJ40を失いながらも、貴重な時間を稼いだのである。 
 空襲の間、各連隊は兵力の建て直しと出撃準備を進めていた。戦闘可能な兵員だけで臨時の部隊を編成し、それ以外は橋頭堡を護るために配置についた。 
「伍長、第3中隊の指揮を任せる」 
 自機の修理のため第二次攻撃に参加できなかったウツフィ中尉は、ネコにそう告げた。第3中隊の下士官の多くが戦死するか負傷しており、まともに行動できるのは下士官はネコだけだった。 
「と言っても、指揮は俺が執るから心配するな。兵力は2個中隊分しか無いんだからな。おまえは兵をまとめるだけで良い」 
「要塞の砲座はどうするの?」 
「レーザーが使えれば怖くはない。相手の死角から雨を降らせるだけだ」 
「霧でレーザーが使えなかったら?」 
「相手もこっちが見えないさ」 
 被弾したJ40が断末魔の悲鳴をあげながら夜空を駆け抜ける下で、出撃準備が続けられていた。AFS各機は持てるだけの投擲爆薬を積み、燃料を積み込んだ。パイロットもレーションを腹一杯詰め込み、ウォッカを飲む。気温は零下40℃を記録していた。霧が晴れ、夜空には星が瞬いていた。 
 地平線が赤く染まる。冬の北極圏の遅い朝がやってきた。 
「前進!」 
 シュリュッセンベルグ要塞上空に星が輝いた。攻撃機が落とした照明弾だった。強いコントラストの光の中を、AFSは丘を駆け下りた。 
『要塞の右上だ! 砲火集中!』 
 霧の晴れた凍てついた空は、AFSの真価を発揮させる格好の舞台となった。数十機のAFSのレーザーが一斉に発射された。レーザーの雨は要塞上部の対空砲座とロケット砲座の幾つかを瞬く間にスクラップにした。 
『空襲!』 
 晴れた空は、航空機の活動をも活発にしていた。第6爆撃航空団の攻撃機を追い散らした第21地上支援航空団のPK40が、バーニアを輝かせながら次々と突っ込んでくる。 
『対空射撃! 目標は各個に選択しろ』 
 AFSのレーザーは空中目標にも有効であった。大気中を秒速30万kmで移動するレーザーには見越し射撃などの技術がいらず、照準に収めてトリガーを引くだけでよかったからだ。 
 と言っても、空中を高速で移動するPK40を捕捉するのは難しく、敵機からの銃撃がさらに困難なものにしていた。 
 ネコの機体が機関銃弾の雨に包まれた。空中戦用に初速を高めてある1.45cm機関銃弾は、当たり所が悪ければAFSの装甲を貫通した。ネコは命中弾が弾き返されていく嫌な音を聞きながら、上空を通過していくPK40を撃った。 
 弾幕にひっかかった1機のPK40が空中で爆発する。それを見た歩兵部隊から歓声が上がった。有効な対空手段を持たない歩兵たちにとっては、PK40も戦車と並んで天敵であったからだ。 
 AFSの対空砲火にひるむことなく、編隊を組んだPK40が次々に急降下してくる。PK40は機関銃で掃射するとともに、ロケット弾と爆弾を叩きつけてきた。走るAFSの間に爆煙が舞い上がる。AFSの何機かが立ち止まり、果敢に対空攻撃を行う。レーザーを受けたPK40が煙を曳きながら湾内に墜落する。 
「前進! 止まるな!」 
 ネコは叫びながら爆煙の中に歩を進めた。中隊の生き残りの9機のAFSがそれに続く。 
 PK40の空襲が終わると、次はロケット砲と対空機関砲の水平射撃が出迎えた。直撃を受けたAFSが壊れた人形のように手足を広げて、クルクルと回りながら上空を飛んでいく。爆煙の中に無照準で放たれた対空機関砲弾に装甲を撃ち抜かれたAFSが倒れる。 
 それまでのボディアーマーとは比べ物にならないほどの防御力を持つ分厚い15mmの複合装甲に守られているとはいえ、砲弾の雨の中を走るのはいい気分ではなかった。恐怖で奥歯がガタガタと鳴った。立ち止まって近くの遮蔽物か漏斗状の開いた爆弾の炸裂痕に飛び込んで、アヒルのように座り込んでしまいたかった。しかし、そうすれば確実な死が待っているだけであり、中隊を率いる隊長としてもそんなことはできなかった。運を天にまかせ、とにかく走るしかなかった。 
 不意に弾幕が途切れた。ロケット砲の最低射程内に入ったのだ。 
「対空砲だ、撃てっ!」 
 土嚢の向こうに太い冷却装置をつけた砲身を持つ対空機関砲の姿があった。ネコは左腕を上げて、機関砲を狙い撃った。レーザーが命中した機関砲は機関部が大きく裂け、弾薬が誘爆を起こした。爆発し荒れ狂う機関砲弾の雨が砲員をなぎ倒す中を、中隊のAFSは持ち前の装甲を生かして走り抜けた。 
 煙の向こうに数輌の小型戦車が姿を現した。Pzkw182軽戦車である。この全長わずか4.5mの小型戦車は、輸送のし易さを前提としており、火力・防御力ともに余り高くは無かった。しかし、有効な対戦車兵器を持たなかった歩兵の天敵であった。だが、今は違っていた。 
 ネコはレーザーの出力を上げると、照準に戦車を収めた。空気中の埃を赤熱させ赤く光ったレーザーの射線は、戦車の砲塔側面に吸い込まれた。膨大な熱量で装甲に穴を穿たれ内部を灼かれたPzkw182は、乗員とともに沈黙した。 
 迎撃に出てきた20輌ほどのPzkw182は、AFSの攻撃によってわずか数分で沈黙させられた。同じようにのこのこ現れた装甲車も同じ運命を辿った。AFSは残骸を乗り越えて前進する。 
『見えたぞ! アルハンゲリスクだ!』 
 防御陣地を突破したAFS部隊が見たのは、アルハンゲリスク港の姿だった。港全体がシュトラール軍の基地になっており、兵舎や倉庫が並んでいた。シュリュッセンベルグ要塞はAFSのレーザーの集中攻撃を受けて、そこかしこで発生した火災によって、その不気味な姿を夜明けの空に赤々と際立たせていた。 
『突入しろ!』 
 AFSはアルハンゲリスク港に向かって最後の突撃を開始した。最後の守備隊が蹴散らされ、補給部隊の兵士たちが大挙して降伏してきた。 
 港は傭兵達の饗宴の場となった。AFSは素早く基地内に浸透すると、兵舎に爆薬を投げ込み、発電施設をレーザーで破壊した。船の誘導信号を発していたアンテナは爆破され、停泊していた輸送船も次々に喫水線を撃たれて着底した。 
 シュリュッセンブルグ要塞は眼下の港を砲撃することはできず、要塞守備隊がAFSと手持ちの火器と対空砲で交戦しているだけだった。要塞内部への突入が幾度と無く試されたが、分厚い耐爆扉を突破することはできなかった。 
 施設の大半を破壊もしくは占拠した傭兵軍は、今度は物資の捕獲作業、いわゆる略奪を始めた。傭兵にとって、略奪は戦闘と並んで重要な仕事だった。 
 しかし、饗宴は長くは続かなかった。 
 アルハンゲリスク南部で戦闘中の第12連隊の支援に当たっていた独立民兵軍の歩兵部隊が、混乱から脱出したシュトラール軍機甲師団の攻撃を受けて壊走したのである。このシュトラール軍部隊はロシア方面での戦闘経験が長く、降雪地での戦闘能力は、独立民兵軍のそれを遥かに上回っていた。 
 歩兵部隊を蹴散らした機甲師団は、がら空きになった第12連隊の側面を攻撃した。増強されたとはいえ元々AFSの配備数が少なく、戦闘による損害によって稼動AFSがさらに少なくなっていた第12連隊は、機甲部隊の攻撃を食い止めることができなかった。そのため全滅を避けるためには撤退を選択するしかなくなったのである。 
 機甲師団の接近を知った第44連隊もアルハンゲリスクから撤退することになった。従来の歩兵部隊を中心とした部隊であるなら、アルハンゲリスクに立てこもって戦闘を続行することもできたが、AFSを主力としている以上、その整備施設および部品の確保が出来ない限り、占領地で戦闘を継続することはできなかった。 
 捕獲物資の多くが放棄され、代わりに貴重品であるAFSの回収が優先的に行われた。それでも作戦に参加したAFSのうち20%が回収不能となり、失われた。 
 生き残った輸送船の何隻かが拿捕され、傭兵軍の将兵によって支配地域に回航された。ウツフィ中尉も、僚機のグリフォン曹長とともに係留中の小型輸送船に乗り込むと乗員を脅し、強引に出港させた。輸送船の中には2000ケースの卵をはじめとした膨大な量の食料品・嗜好品が積まれていた。 
 部隊は退く波のようにアルハンゲリスクから撤収していた。それは、かろうじて秩序を保っている後退であり、下手をすれば壊走につながりかねない危険なものであった。 
「中隊、停止!」 
 ネコは立ち止まると叫んだ。 
「第3中隊、中隊長のビーコンに集合しろ!」 
 混乱の中から1機また1機とAFSが姿を現す。数分でネコを含めて8機がそろった。 
「ジョンストンとファラデーは?」 
『ファラデーは船で撤収しました』 
『ジョンストンはロケットでやられた』 
「燃料とレーザーの残弾を報告」 
 各機とも3分の1から4分の1程度のエネルギーが残っているようだった。ネコはアルハンゲリスクの方を一瞥すると、言った。 
「テイルエンド」 
 撤収部隊の殿軍になるという宣言だった。部下からは声にならない批判があがる。 
「誰かが尻を護らなければ、追撃部隊に海に叩き落されるわ」 
 ネコはレーザーの銃口を振り上げ、撤退する友軍を指し示した。歩兵たちが思い足取りで歩いていく。 
「私は味方を見捨てない」 
 ネコの言葉に数人の兵が従い、レーザーを敵が来るであろう方向に向けた。残りの兵は互いに顔色を伺った後、仕方ないといった顔で配置についた。 
「対空警報!」 
 青空にポツリと黒い点が現れた。黒い点はすぐさまPK40に変わり、急角度で突っ込んできた。 
「対空戦闘!」 
 ネコはレーザーガンを持ち上げると、突っ込んでくるPK40を狙い撃った。レーザーはPK40の右バーニアを吹き飛ばし、バランスを失ったPK40は爆弾をあさっての方向に放り出して低空を駆け抜けた。歩兵たちから歓声が上がる。ネコは右手をあげてそれに応えた。 
 PK40の次は戦車だった。4輌のPzkw182が歩兵を引き連れて前進してきた。 
「引きつけるな! 撃てっ!」 
 数条のレーザーが先頭の戦車を襲い、戦車は炎を吹き上げた。AFSの位置を捕捉した戦車が撃ち返してきた。その後ろをファーストを抱えた歩兵が左右に散っていく。 
 右翼で射撃をしていたAFSが、数発のレーザーの直撃を受けて沈黙する。無線で呼びかけるが返事はなかった。AFSを撃破したことに気を良くしたのか、戦車は速度を上げて突っ込んできた。 
『側面から歩兵が来てる!』 
『残弾無し! 後退させろ!』 
『エンジンの出力が下がってます。これ以上は無理です!』 
「弾が尽きた機体は後退しろ。ネクソンはそれを援護。ナセルとテイラーは私を援護しろ」 
 ネコは敵戦車を破壊し、敵兵の士気を粉砕することが先決だと判断した。遮蔽物にしていた岩陰から飛び出す。 
 数十m先に2輌の戦車の姿があった。ネコの姿を見つけたのか、砲塔が旋回し始めていた。ネコは近い方の戦車に照準を付けるとトリガーを引いた。レーザーが旋回しつつある砲塔に命中し、戦車は沈黙した。その直後に警報音が鳴った。レーザーの反応剤が尽きたのである。 
 戦車の砲口がこちらを向いた。放たれたレーザーが右肩のシールドを掠める。右半身が熱湯をかけられたように熱くなった。悲鳴を飲み込み、奥歯を噛みしめると戦車に向かって走った。 
 ジグザグに走りながら投擲爆薬を抜く。AFSの素早い動きに対応できない戦車が、急速後退して距離を稼ごうとするが、その前に戦車のすぐ横に走りこんだ。起爆レバーを握り締め、砲塔と車体の間にねじ込む。走り出した戦車が離れ、砲口をネコに向けた瞬間に爆薬が爆発した。 
 ネコはため息をつき、部下に命令しようと後ろを振り返った。 
 誰もいなかった。 

 連隊はなんとか秩序を保ったまま上陸地点まで後退することができた。部隊は輸送船団に収容され、船団はすぐさま出航した。第21地上支援航空団の攻撃機が上空に現れたが、海上を覆うように発生した霧のために、船団を発見できずに引き返していった。 
 船倉に転がり込むように降り立ったネコは、勝手に逃げ出した部下を締め上げてやろうと思っていたが、整備員が脱着システムに機体を固定すると同時に疲労のために失神した。次に気がついたのは、医務室の前の廊下だった。パイロットスーツだけで転がされていたため身体の半分が凍りついていた。軍医はネコにウォッカと毛布を処方し、他の兵士と同じように自力で解凍するように言った。 
 こうしてネコの地球での初陣は終わった。 


 シャーベットガーデン作戦の失敗により大損害を受けたラップランドの傭兵軍は、連日零下30度以下を記録する寒気の到来とともに活動を停止した。雪は数mも積もり、滑走路の除雪が兵士たちの主な仕事となった。対するシュトラール軍も、アルハンゲリスクの港湾機能の回復と滞った補給を行うために、作戦行動などは後回しにせざるを得ない状況だった。 
 そんな中、今年もクリスマスがやってきた。 
「メリークリスマス!」 
 伝統の赤い帽子と赤い服を着たルーセンが輸送機から滑走路に降り立つと、傭兵達は寒さを忘れて歓声をあげた。輸送機からは、基地の兵士全員を肝硬変にさせるのに十分な量の酒と、傭兵の燻製ができるほどのタバコ、様々な食料と嗜好品、それに少々トウは立っているが魅力的な女たちが次々と姿を現した。 
 基地の警備をくじ引きで決まった不幸な奴に任せると、傭兵たちは盛大な宴会を始めた。AFS大隊の兵士たちは、整備兵とともに格納庫に陣取り、ウツフィ中尉が捕獲してきたうんざりするほどの量の卵で作った山ほどの卵料理を肴に、浴びるように酒を飲んだ。宴会には病院から抜け出してきた負傷者たちも加わった、ギプスに卑猥な言葉や落書きをされたコッコ少尉もその中にあった。 
 ネコも差し出される多種多様な酒を次々と飲み干した。ネコを酔い潰してあわよくば、と思っていた男たちは、高重力惑星出身の生まれつき強靭な肉体を持つネコの前に次々と敗北した。 
 小さなドラム缶ほどの量の酒を飲んだネコはトラに変身した。ジャガイモを茹でたお湯で入れたお茶を振る舞い、テーブルの上で銀河辺境で流行っている誰も知らないような流行歌を大声で歌った。 
 大隊で唯一の女性パイロットのショーに、兵士たちは大いに盛り上がった。すっかり調子に乗ったネコは、手持ちの服でできうる限りセクシーな衣装をでっち上げると、知っている限りの歌を披露した。そして、歓声をあげる傭兵たちに向かってチューブ糊をぶちまけた。 
 このショー以来、ネコは大隊員に一目置かれる存在となった。 

 

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