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 2886年4月末に欧州での大反抗作戦「ファーゼライ」を成功させた傭兵軍は、欧州西部からウクライナまでの広大な地域を制圧し、同方面での勝利を決定的なものにした。しかしその制圧地域は、一方から見ると巨大な突出部であり、根元を断ち切られるようなことがあれば、十数個師団を失いかねない状況であった。 
 敗北から立ち直りつつあるシュトラール軍は、ロシア方面およびバルカン半島方面で無人兵器を中心とした小部隊による戦線後方に対する浸透攻撃作戦を断続的に行い、まだ欧州戦線を諦めていないことを両軍将兵に示し始めた。 
 傭兵軍は、戦線後方へ侵入し、夜も昼も関係なく、疲労も感じず、AIや動力部が停止するまで戦い続ける無人兵器に悩まされた。前線部隊はもちろんのこと、補給路や後方の基地へも警備のための兵力を配置しなければならないという状況は、ファーゼライ作戦で敗走させたシュトラール軍の追撃や、支配地域を拡大するなどの積極的な行動を阻害した。いつの間にか傭兵軍は現在の支配地域を防御するという消極的な行動しか取れなくなり、ファーゼライ作戦勝利という戦略的優位は失われてしまった。 
 これを憂慮した傭兵軍欧州戦線司令部は、占領地域を拡大し、突出部の安定を図る新たな攻勢を行うと同時に、無人兵器部隊を無力化するための方策を得るために、シュトラール軍の無人兵器部隊を整備や指揮を担当する有人部隊を含めた基地まるごと捕獲するという、大胆な作戦を実行することを決定した。 
 シュトラール軍の各戦線に数多くの偵察部隊が送られ、目標となる基地の捜索が行われた。いくつかの基地が候補に挙がったが、基地の規模が小さく、二線級部隊に守られている東欧戦線の後方に位置する第116野戦補給廠と呼ばれる基地が攻略目標に決定された。 
 「クリップボード作戦」と名づけられたこの作戦には、SAFSを主軸とする装甲猟兵連隊2個と新鋭の4脚重AFS「グラジエイター」と2脚重AFS「ゴブリン」を擁する1個装甲連隊、支援の砲兵連隊と装甲部隊、包囲環形成を担当する歩兵師団および民兵軍が欧州中から集められ、列車により旧ドイツ方面へ運ばれていった。 
 シュトラール軍欧州軍集団司令部は、傭兵軍の動きが突如として活発になった事を察知した。ファーゼライ作戦に参加し、後方で休養していた部隊の前線への復帰や、民兵軍が戦線後方へ集結しているのが確認されると、これを新たな攻勢の前触れと判断、各地へ警戒警報を発した。 
 偵察の結果、敵部隊が旧ドイツに集結しつつあるということを知った司令部は、目標がバルト海周辺地域の攻略にあると判断し、同地域でファーゼライ作戦の戦傷を癒していた第16装甲機動歩兵師団を主軸とした防衛部隊を編成、兵力を増強するために、各地の部隊からの兵力を抽出を行った。といっても、有力な傭兵軍と対峙しているバルカン半島の部隊を動かすことは不可能であり、そのため東欧の部隊が補充部隊として北に移動することになった。 
 このシュトラール軍の動きは、傭兵軍が期待していた通りとなった。傭兵軍は旧ドイツで大規模な演習を行いつつ、バルト海方面への威力偵察の回数を急激に増加させた。 
 2886年5月17日早朝。第16装甲機動歩兵師団の将兵は、傭兵軍の大規模な砲撃によって目を覚まされた。警報が出され、傭兵軍の戦線突破を待ち受けるべく、部隊は機関に火を入れ、火器の安全装置を外して配置についた。 
 砲撃は昼過ぎまで断続的に続いた。しかし、傭兵軍は一向に動く気配を見せなかった。欧州軍集団司令ラシュテンドルフ上級大将は嫌な予感を感じていた。そして、一本の電話がそれを確信に変えた。傭兵軍が戦線突破を行ったという報であった。 
 傭兵軍が突破したのは、主戦線とみられていたバルト海沿岸から600kmも南方のハンガリーであった。突破部隊は、二線級装備しかもたない第6Colonier(植民星)義勇師団を粉砕し、バラトン湖畔まで一気に前進した。 
 すわバルカン半島の遮断かと驚いた上級大将であったが、その後にもたらされた報告に頭をひねった。傭兵軍が前進を停止したというのである。突出した戦線の内部には、第6Colonier師団の残余とその支援部隊が包囲状態に置かれていた。それら部隊に対し、傭兵軍は砲兵による砲撃を行うだけで、包囲環を狭めることも、積極的な攻撃を行うこともしていなかった。 
 何かあると思った上級大将は、包囲下にある全部隊のリストを示させた。そして傭兵軍の意図を知った。 
 欧州軍集団司令部は、急遽ウクライナで再編中の第192戦闘大隊を中核とし、移動可能な全戦闘部隊で構成された戦闘団を編成、ハンガリーに向けて送り出すことを決定した。戦線への到着は一週間後と見られていた。 
 ラシュテンドルフ上級大将には、是が非でも包囲網を切り崩し、生き残り部隊を救わなければならない理由があった。 
 傭兵軍はその理由を知らなかった。 


「今日も雨か……」 
 オットー・ラムケ大尉は、晴れた空を見上げて言った。そして、窓ガラスが割れんばかりの声で怒鳴った。 
「来るぞ! 退避しろ!」 
 補給廠の誰しもが、対迫レーダーより速く砲撃の匂いを嗅ぎ取るラムケの嗅覚を信頼していた。手にしていた機材を放り投げ、近くの退避壕に向かって走る。 
「そんなもん捨ててけ!」 
「グスタフのキャノピは貴重品ですよ」 
「おまえの命の方が大事だ!」 
 ハルトヴィックの手からキャノピをもぎ取って投げ捨てると、近くの壕にハルトヴィックを蹴りこみ、その上に飛び込んだ。 
 直後、補給廠の周辺に砲弾が落下した。爆風が辺りを走り、破片がまだ残っている建物の壁にめり込む嫌な音が続く。 
 砲撃は数分で終わった。弾着は補給廠そのものには無く、その周辺にきれいな円を描いた。 
「まったく、嫌味な野郎だ」 
 作業服の埃を払いながら壕から顔を出したラムケは吐き捨てるように言った。遅ればせながら鳴りはじめたサイレンの下、退避壕から這い出してきた兵たちが作業を再開する。そのどの顔にもうんざりとした表情が張り付いていた。 
 包囲下に置かれてからすでに6日が経っている。傭兵軍が数時間毎に数分間の砲撃を見舞ってきた。これは、基地の破壊ではなく、基地要員の心を砕くのが目的だとラムケは感づいていた。降伏させ、比較的損害が少ない施設そのものを占領しようとしているのだ。 
「ケリをつけるんだったら、さっさと来ればいいのにな」 
 破片で蜘蛛の巣だらけになったキャノピを見つめながら、ハルトヴィックはつぶやいた。 
「ねぇ、大尉。傭兵軍の目的は何なんですかね?」 
「そうだな──少し考えてみろ。ここには何がある?」 
 ハルトヴィックは辺りをしばらく見回してから言った。 
「湿地帯の上に苦労して作った滑走路と、穴だらけになった戦車整備棟と、義勇師団では使えない機材が詰まった倉庫と、近づいたら種無しになる無人兵器整備基地と、ウチら実験部隊です」 
「傭兵軍は、それら全部が欲しいんだよ。俺達、生きている人間ごとな」 
「傭兵軍の給料って、ウチらのより良いんですかね?」 
「今度、傭兵軍の徴募係官に会ったら聞いておこう」 
 二人の会話は、遠くから聞こえてきた砲声に中断された。 
「またですか」 
「あれは違うな。中口径の対空砲だ」 
 青空に黒い点が次々と打たれる。その中を動いていた小さな点が、みるみるうちに大きくなってきた。そして、それは四発エンジンの大きな輸送機へと姿を変えた。 
「撤退の指示はあったか?」 
「そんなの聞いてれば、大尉に真っ先に言ってますよ」 
 突然の輸送機の登場に、兵たちは手を止めて空を見上げた。士官たちは顔を見合わせ、指揮所の方を振り向く。指揮所からも訝しげな顔をした何人かの要員が顔を出していた。 
 輸送機は低圧タイヤを軋ませながら着地すると、猛烈な逆噴射で行き足を止め、ゆるゆると滑走路を進んだ。そしてラムケたちの目の前で止まると、カーゴベイではなくコクピット横の小さなドアが開き、タラップを下ろした。 
「帰りのバスじゃなさそうだ」 
 タラップを降りてきたのは、全く場違いな人物だった。パイロットに礼を言い軽く手を振る姿に、ラムケは軽い目まいを感じた。 
「もしかして、俺達はさっきの砲撃で死んでるんじゃないですかね」 
「ああ、そうかもしれん」 
「最近の天使は、軍用機に乗ってるんですね」 
 士官礼服に身を包み、タイトスカートを汚した砂埃が気になるのかちらちらとそちらを見ている緊張した面持ちの少尉が、ラムケの前に立った。 
「ヘルガ・ウェーバー少尉です。本日付で着任いたしました」 
 敬礼。ラムケは軽く敬礼を返す。 
「おい、新入りの話は聞いてるか?」 
「少なくともこんな可愛い娘が来るなんて話は聞いてないですよ。黙ってたんだったら、大尉を恨みます」 
 二人の会話に怪訝な顔をした若い女性士官は、あわててブリーフケースから書類を取り出し、ラムケに渡した。 
「ここは第89通信大隊じゃないんですか?」 
「ハルトヴィック、第89って知ってるか」 
「ノイ・ベオグラード放送ですよ。大尉もよく聞いてるじゃないですか」 
 ラムケは書類を一瞥すると、少尉に返した。 
「残念だったな、お嬢さん。あんたの赴任先はここから300kmほど南東に行ったとこだ。タクシーの運ちゃんが間違えたんだな」 
「で、では、ここは?」 
「第116野戦補給廠。ウチは第892実験中隊。そのぶち壊れた成れの果てだが」 
 少尉の顔が真っ青になった。 
「何、ウチから無線で連絡しとくから、すぐに乗っけてってもらえ……おいっ!」 
 ラムケの目の前で輸送機は反転しつつ、タラップを引き上げていた。 
「あいつを止めろ!」 
「無理ですよ、大尉!」 
 輸送機のエンジンが高鳴った。埃を巻き上げ、滑走を開始する。ラムケの罵り声もむなしく、輸送機は滑走路から舞い上がった。 
「くそったれ! さっさと高度を上げろ! 急旋回だ!」 
 輸送機は低空をのろのろと飛んでいた。しばらくして、赤い光を曳いた黒い点が右の翼に飛び込んで爆発、輸送機は炎に包まれた。ドールハウスの対空ロケット弾の直撃を受けたのである。 
「あーあ」 
「奴らは、ここに来るのは止めんが、出て行くのは許さないってことだな」 
 ラムケはヘルガの方を向いた。恐怖と驚きで顔が真っ白になっている。 
「お嬢さん。戦場へようこそ」

 ラムケ率いる第892実験中隊が、第116野戦補給廠に配置されたのは再編成のためであった。というのは表向きの話で、その内実は、ラムケたちが追跡し破壊したある無人兵器に関する戦闘記録の分析を行うためであった。実際の再編成作業も平行して行われており、機材や人員の受領のために、多くの中隊員は不在であった。 
 第116野戦補給廠には、無人兵器の開発と実験を担当する軍技術開発研究所の地球欧州分局が秘密裏に展開していた。同廠の無人兵器整備施設は、シュトラール本星や地球軌道上および月面から運ばれてくる無人兵器の試作品の組み立てと、戦場実験後の修理や整備を担当していたのである。 
 ラムケ率いる第892実験中隊は、欧州軍集団司令部直属の実験部隊として、分局が開発・整備した無人兵器の戦場試験を支援するのが任務であり、ラムケ自身には技術大尉でありながら、大隊指揮官級の権限が与えられていた。第116野戦補給廠の戦闘部隊指揮も一時的ではあるが、ラムケに委ねられていた。しかしながら、補給廠の防衛は付近に展開していた植民地星部隊の戦力を頼っており、補給廠自体には防衛部隊は存在していなかった。中隊の兵力はラムケとハルトヴィックの二人であり、それが全戦力だった。 
「投降するのも手だ」 
 ラムケは、誰もいない会議室でディスプレイに向かって言った。 
「これ以上は兵が耐えられん。医療品も底をつきかけている。討って出ないのであれば、投降するべきだ」 
「投降は論外だ。大尉」 
 相手がそう答えた。相手は技研実験部の指揮官であったラルフマン中佐ではなかった。中佐は、一部の機材やデータとともに脱出を図ったが、搭乗していた輸送機を撃墜され、遺体は近くの湿地の中に埋まっている。 
「それに機材の爆破も論外だ。傭兵軍にはビス一本渡さない」 
「何言ってやがる。兵の命と機材、どっちが大事だ」 
「君も知っての通り、PZ/M7567は最重要機密機材だ。一個師団と引き換えにしても護り抜け」 
「現状を知ってことか、サトゥルヌス。いや、アプト大佐」 
 ラムケはキーを叩き、ディスプレイ上にあるリストを表示させる。 
「今のここの防衛戦力だ。有人兵力は第892実験中隊と分局のテストパイロットだけだ。修理中の戦車と装甲車があるが、がんばっても修理には2日はかかる。今日明日に傭兵軍がなだれ込んできたら防ぐことはできん。分局の管理する無人兵器の指揮権をよこせ」 
「君はクリューゲクレーテを指示に反して破壊している。そんな人物に、機材の管理を任すわけには行かない」 
「敵連隊の包囲網を突破して友軍と連絡をつけるためには、それなりの戦力が必要だと分かっているんだろうな。それに、基地そのものを攻撃してこない傭兵軍の意図を」 
「それは君の見解だろう。傭兵軍がここを攻略しないのは、救援部隊を阻止して戦線を維持するために戦力が必要だからだ。傭兵軍がここが何かを知るわけが無い」 
「それは甘い考えだ。傭兵軍は何かを感じとって、ここを攻略目標にしたんだ。傭兵軍が来たら、大佐、あんたは確実に死ぬ。それだけは確実だ。俺はあんたと心中したくはない」 
 ラムケが話す相手──アプト大佐はシュトラール共和国国防陸軍初の肉体を持たない将校だった。その正体は巨大なメインフレームの中核に納められた、軍のアルティメット・インテリジェンス(UI)計画によって生み出された新設計のAI「サトゥルヌス」だった。アプト大佐は、その人格であった。 
「この施設が傭兵軍の手に渡ることはない。UI計画は軍の最高機密だ。傭兵軍の手に渡るとなったら、シェルター基部に仕掛けてある反応弾でバラバラにされる。俺はそんなふざけた方法では死にたくない。同じ死ぬなら、戦って死にたい」 
「私は死にたくない」 
「なら、どうする?」 
 アプト大佐はしばらく反応を止めた。人間でいうところの「考えている」のだ。計算し、自分とラムケ、どちらの意見が正しいか判断をくだそうとしているのである。戦略的判断。サトゥルヌス級は不完全ではあるがそれを可能としていた。 
「…………君の意見を採用しよう。全無人兵器を出撃させる」 
「指揮権は?」 
「私も出撃する。包囲網を突破し、友軍との連絡をつける」 
 決断したアプト大佐は素早かった。無人兵器整備基地が保有するすべての無人兵器──未だ起動準備のできていないPZ/M7567を除いた──の出撃準備を開始したのである。地面の下にある無人施設では、反重力装置に火が入れられ、燃料と弾薬の搭載作業が始められていた。 
「ラムケ大尉」 
「ja」 
「私について来い」 
「了解しました。大佐」 


「で、結局はどうなったんですか?」 
 コーヒーをカップに注ぎながらハルトヴィックが聞いた。ラムケは煙草をもみ消すと、カップを受け取った。 
「明日の朝出撃する。救援部隊もそれに合わせて攻勢を開始するそうだ」 
「自分たちは?」 
「俺とお前の二人は、無人兵器のお守りと貴重品の運搬が仕事だ」 
「機材はあるんですけどね。人が居ないのが──おっと、お嬢さんこれを」 
 二人の会話を、ヘルガは手渡されたカップの中の液体をクルクル回しながら聞いていた。コーヒーと聞いてはいたが、ただの苦い黒い液体だった。行く先が無い彼女は、最初の縁を頼りにラムケの側にいるしかなかった。 
「いつもながら楽しい仕事ですね」 
「基地の防衛は、分局のテスパイと整備兵で作った中隊が受け持つ。俺達と無人兵器は包囲網を食い破って、味方を引き入れる。その前に傭兵軍が突入してきたら──」 
「そうなると……お嬢さんはどうするんで?」 
 二人はヘルガの方を見た。突然話を振られたため、驚いてカップを取り落としそうになった。 
「……置いていくしかないだろう」 
「大尉、殿」 
「殿はいらん」 
 ヘルガはカップを置くと、背筋を伸ばしてラムケの顔を見た。 
「大尉。自分は士官学校時代にPKAの操縦教程を終えております。PK41の操縦もできます」 
 ラムケの眼が驚きで丸くなった。 
「実戦経験はあまりありませんが、数合わせでよろしければ、お連れください」 
「……どうしますか。大尉」 
 ラムケはしばし考えていた。 
「──ハルトヴィック、お嬢さんのPKAを用意しろ」 
「了解」 
 嬉しそうな笑みを浮かべてハルトヴィックは部屋を出て行った。 
「まずかったですか?」 
「そんなことは無い。嬉しいぐらいだ」 
 ラムケは座りなおすとヘルガの方を向き直った。 
「一つ聞いてもいいか?」 
「何です?」 
「何で地球戦線に志願を? 士官学校出ってことは、黙ってれば本国の部隊に配属されるはずだろ」 
 ヘルガは答えを探すように視線を天井の方にさまよわせた。ふさわしいと思った答えを口の中で転がし、それがあまり良くないものだと思って眉間にしわを寄せた。 
「通信大隊ってことは、ジャーナリスト志望か?」 
「それは……違います。戦闘部隊を志願してるのですが、非戦闘部隊をたらい回しにされて……地球へはようやく来れました」 
「どうしてまた戦闘部隊何かを志願したんだ?」 
「父をご存知ですか?」 
 突然の言葉にラムケは何かを悟った。 
「上級大将の──娘か」 
 ウェーバー上級大将は、一度目の惑星間戦争を一兵卒として、二度目の惑星間戦争を将官として経験したシュトラール国防軍の重鎮である。現在は共和国植民星軍統括本部の最高指揮官に就いている。 
「ただでさえ最近では兵士の生き死にが問題になっているからな……どの方面軍でも将軍の娘に何かあったら……そういうことだな」 
「自分は父とは関係ありません。それを証明したいんです」 
 ヘルガは、ラムケに今までのいろいろな事を語った。将軍の娘であるがための望まない優遇、よそよそしい同期の候補生たち、新米士官にヘコヘコする上官、自分の意志を無視し続ける軍──ラムケは若い将校の話を黙って聞いた。 
「……自分の実力を示したいがために、戦闘部隊を志願したわけか」 
 ラムケはニヤリと笑った。 
「若い、実に若い」 
 膝を叩かんばかりに笑い出したラムケに、ヘルガは驚きと怒りの入り混じった表情を向ける。 
「いやいや、バカにしてるわけじゃない。それだけのガッツがあれば、どこでも実力を証明できるってことだ」 
 ラムケはヘルガのクソまじめな眼を見て言った。 
「いいか、少尉。実力なんざ、どの兵科にいても証明できる。たとえ非戦闘部隊であってでもだ。極限状態に置かれた時に何が出来るか、それが自分の力を示す瞬間だ」 
 空気を切り裂いて砲弾が飛来する音が聞こえてくる。弾着。爆発音とともにシェルターが揺れ、埃が天井から舞い落ちてくる。 
「今がその時だ。期待してるぞ、少尉」 

 包囲開始から8日が経過した。包囲下にあった第6Colonier師団の残余兵力は各地で降伏し、第116野戦補給廠の側で交戦していた歩兵部隊も補給廠との連絡を遮断されてしまった。 
 救援の戦闘団は包囲する傭兵軍と激しく交戦していた。湿地帯での戦闘に向いている接地面積の大きな足を持つグラジエーターやゴブリンを中核とする傭兵軍は、PKAの支援を受けられないナッツロッカーを次々と撃破し、その前進を阻んでいた。 
 そんな中、補給廠の敷地内では脱出部隊の準備が進められていた。 
「いいか。まずは敵の砲兵観測員を殺る。それから民兵どもが護る陣地を突破する」 
 ラムケはたった二人の部下、ハルトヴィックとヘルガに言った。 
「走る距離はどれぐらいですか? こいつが持てばいいですが」 
「見慣れない型ですが、何ですかそれは?」 
 ハルトヴィックは、自分が乗るPKAの方に視線を向けた。ボディシェルはG型かK型のもののように見えたが、突き出ている手足はH型のものそのものだった。前面はグリーン系の迷彩で塗られていたが、背面は黄色と黒の縞模様だった。 
「工兵型のハインリッヒ──というのは名目上の話で、ここで作業用に使っていた機体ですよ。戦場で損傷したハインリッヒのボディに、G型の装甲の一部をくっつけて装甲を強化したってだけです。少々バランスが悪いので、操縦が難しい。素人にはお勧めできない」 
「お嬢さんの機体も同じようなもんだ。工兵型のグスタフという触れ込みで、戦場から回収してきた機体を基に作った試作機だ。サイドキャノピを塞いで側方レーダーを積んでるが、調整してないから使い物にはならないだろう」 
 ヘルガは自分の背後にある機体を見た。ハルトヴィックの機体と同様に前面は迷彩、背面は黄色と黒の縞模様だった。 
「塗装が少々目立つが、それは射線下での作業中にどこにいるかがわかるようにだ。今回は、それが役に立つ」 
 補給廠の奥の方からホバータンク特有の駆動音が聞こえてきた。 
「行くぞ」 
 ラムケは愛用のコンラートに乗り込んだ。 

 補給廠から放たれた20数機のノイスポッターは、包囲網の隙間を探すために戦場の上空を飛び回った。それらの機体が補給廠の無人兵器整備工場から放たれたことを知った傭兵軍は、包囲網脱出のための攻勢が始まることを知り、見つけ次第ノイスポッターを撃墜するとともに、基地を包囲する部隊に警戒態勢につかせた。 
 夜明けと同時に、補給廠から30機近いクレーテが走りだした。クレーテの群れの間には、数機のオスカーの姿があった。クレーテたちは円形に展開すると、包囲陣の歩兵部隊と交戦を開始した。それに反応して、補給廠を射程に納めている砲兵隊が脱出を妨害しようと射弾を送ってきた。砲撃は今まで意図的に撃ちもらされていた施設にも向けられていた。 
 クレーテの次は4輌のナッツロッカーと、3輌のF-Bootが数機のクラッフェンフォーゲルを引き連れて出撃した。これらの車輌は、ノイスポッターが見つけ出した包囲網の薄い部分、民兵軍が配置された方面に向かって突進した。 
 砲撃の雨の中、ホバータンク群は民兵軍部隊を壊走させ、包囲陣に大きな穴を開けた。その穴に向かって生き残ったクレーテが進む。 
 穴を塞ぐべくグラジエーターに支援されたSAFS中隊が急行し、ナッツロッカーとの激しい戦闘が行われた。そこで戦うSAFSパイロットたちは、今までにない的確な射撃と連携を見せる無人兵器群に苦戦を強いられていた。 
 何か不安な気配を感じ始めた傭兵軍の間に、さらに不安を増長させる報告が舞い込んできた。それは、補給廠の監視を続けていた砲兵観測班からであった。 

「今まで見たこともない巨大な砲塔を持ったホバータンクだ。スフィンクスではない。情報部が言っていた新型ナッツロッカーかもしれん」 
 観測を行っていたラクーンパイロットが報告できたのはそこまでだった。次の瞬間、彼は斜め上方から視界に入ってきたクラッフェンフォーゲルのシュレッケの砲口を覗き込むことになった。 
 斜面の上方で爆発音が響く。ラムケは立ち上がると、撃破されたラクーンの側にいた護衛役のSAFSをレーザーの連射で撃ち倒した。 
「残りはこちらで始末する。前進してくれ」 
 大佐から「了解」の通信が入る。ラムケは眼下を走り抜けて行く「アプト大佐」の姿を見ていた。 
 PZ/M7566。それがアプト大佐の機体名称だった。 
 シュトラール軍は、人的損害を少なくするために地球派遣軍の無人化を推し進めていた。その計画の究極の存在が、師団単位の兵力の指揮を行う無人指揮ユニットであった。UI計画で生み出された戦略AIを搭載し、敵との交戦圏内で戦闘指揮を行うための防御力と機動力を併せ持った怪物。その一つが「大佐」であった。 
 PZ/M7566は、ナッツロッカーを基に作られていた。攻撃に対する保護装置と強力な冷却装置が組み込まれたメインフレームを納める巨大な砲塔を持ち、砲塔には自衛用というには過剰すぎる武装が搭載されていた。砲塔の先端には、ノイスポッターの頭部と同じセンサーユニットがはめ込まれ、その「顔」が異様さを強調していた。 
 しかしながら「アプト大佐」は、試作機の域を超えるものではなかった。それは、AIユニットの規模が複雑かつ大きすぎ、ホバーによる走行がそれらに影響を与えてしまうためであった。地球でのテストでそれが判明したため、PZ/M7566は制式採用されず、指揮AIのテスト用として第116野戦補給廠で評価分析を任務とすることになったのである。 
 この出撃が、大佐にとっての初陣であった。 
「お嬢さん、よく見ておけよ──これがこれからの戦争の姿だ」 
 ヘルガはキャノピを開けて、硝煙混じりの風に眼を細めながら、無人装甲指揮ユニットが走り抜けていくのを見た。PZ/M7566の後には12輌のナッツロッカーと6輌のF-Boot、索敵と無線通信の中継を担当する30機ほどのオスカーとガンス、後方撹乱用の15機のクラッフェンフォーゲルが続く。 
「人と戦闘機械が戦う……」 
「何、俺達も装甲の殻をかぶった戦闘機械だ。脳ミソが蛋白質かシリコンでできているかの違いだよ──行くぞ」 
 ラムケは前進を促すために腕を振りあげた。 


 アプト大佐は、それまで補給廠を攻撃していた砲兵陣地を捕捉すると、2輌のナッツロッカーと数機のクラッフェンフォーゲルを突入させた。そして、それらと引き換えに砲兵陣地を粉砕した。 
 それぞれの無人機体が獲得する情報は、生の情報としてPZ/M7566の頭脳に送られ、評価分析される。その結果は、戦場の各地に配置された中継機体を介してリアルタイムで各機にフィードバックされる。 
 その姿は電波とレーザーで構成される神経網を持つ、十数平方km単位のキロ巨大な生物そのものであった。人が己の指を意識しないで的確に動かせると同様に、大佐は百機近い無人兵器を自由に動かした。すべての機体の眼は大佐のものであり、すべての武器は大佐の武器であった。 
 戦況は一気に変化した。傭兵軍はそれまでに無い無人兵器の動きに翻弄され、自慢の攻撃力を発揮できずにいた。有効な対装甲戦力を持たない民兵軍部隊の士気崩壊はその焦りに拍車をかけ、さらにはシュトラール軍に逆包囲をかけられる危険性も出てきたために、その動きは攻撃とも防御ともつかない中途半端なものとなってしまった。 
 無人兵器群は敵部隊を蹴散らしながら湖畔に広がる泥炭地に足を踏み入れた。本来なら避けるべき地形であったが、アプト大佐はこの方面が最も救援部隊との距離が短く、連絡が早く付けられると判断したのである。そのためにはすべての機体を失っても構わなかった。 
 しかし、この方面には傭兵軍の主力部隊が配置されていた。戦闘は激しいものとなった。 

「酷ぇ地形だ」 
「油断するな。下手すると頭まで沈むぞ」 
「2時方向、敵です!」 
 三人はPZ/M7566の後方を進んでいた。ラムケたちの機体には、電子情報として耐爆ボックスに納められた記憶ユニットと、情報を詰め込んだ彼等自身の脳が載せられていた。他の道を行く手もあったが、ラムケは大佐と同様に、最短距離を突破することを選んだのである。 
 水を含んで軟弱になった地面を苦もせずに、ゴブリンが突っ込んでくる。100mmロケット弾がハルトヴィック機のすぐ脇を掠める。「くそっ」と叫びながら、ハルトヴィックは手にしたノイパンツァーファーストを撃ち返した。 
「射程が足りん!」 
「頭を下げろ、来るぞ!」 
 伏せる三人の上を数条のレーザーが通過する。レーザーは、付近を走行していたナッツロッカーの車体に当り火花を散らした。 
「うぁ、水が入ってきやがった」 
「予備のファーストを」 
 ヘルガがハンドキャリーしてきたファーストキャリアーをPKAの前に置く。ハルトヴィックは慣れた動きで鉤爪を開くと、親指の部分でラッチを押す。バネ仕掛けでキャリアが開き、2発のファーストが取り出し可能状態になる。ハルトヴィックとヘルガが1発ずつを持つ。 
「右から来るぞ!」 
 ラムケの声に二人は態勢を立て直す。泥炭に膝まで沈む。水飛沫の向こうに機体各部に増加装甲を装備したジェリーの姿が見えた。ジェリーがレーザーを発砲、グスタフの塞いだサイドキャノピに火花が散る。ヘルガが小さな悲鳴を上げる。 
「大丈夫か、お嬢さん」 
「だ、大丈夫です。髪を少し焦がされましたが」 
 ヘルガは赤外線レーザーの照射によって一気に上昇した機内温度に噴き出した汗が流れこんだ眼を細め、素早くレーザーの照準を付けるとトリガーを引き絞った。低出力のエクサイマーレーザーがジェリーの機体を捉え、着弾の衝撃にジェリーは震える。 
 ハルトヴィックが腰を落とし、ノイパンツァーファーストを発射した。後方爆風が泥混じりの水飛沫を盛大に跳ね上げる。射出された弾頭は見事にジェリーを捉え、ジェリーは沈黙した。 
 アプト大佐は強引に前進を続けていた。彼我の交戦距離はすでに400mを切り、乱戦状態に入っていた。水飛沫や爆煙の向こうから突然SAFSやグラジエーターが姿を現す。レーザーと機関砲が交錯し、新たな爆煙が生じる。そして敵はまた煙の中に姿を消す。こんなことが何度も続いた。 
 ラムケたちは、互いを援護して前進した。時折ヘルガ機から索敵情報が舞い込み、強力な敵を回避することができた。ヘルガ本人は気づいていなかったが、機体の側方レーダーは、確実に作動していた。 
 攻撃はPZ/M7566に集中した。しかし、師団司令部を護るために施された装甲は、その攻撃をことごとく弾き返した。大佐は、接近してくる敵には1.5cm機関砲と基になったナッツロッカーの固定装備である大口径中間赤外線レーザーを、遠い敵にはハードポイントに装備した19cm対地対空兼用ロケット弾を叩き込んだ。 
 傭兵軍はじりじりと後退を続けた。しかし、損害を省みない攻撃のために、大佐の兵力もみるみるうちに少なくなっていった。すでに稼動状態にあるクレーテは数機しかなく、後方を撹乱していたクラッフェンフォーゲルもほとんどが撃墜されていた。さらに湿地帯を移動するために、ホバー重戦車たちは燃料をいつも以上に消耗していた。2輌のナッツロッカーが燃料切れで停止し、湿地に半分沈みながら砲台となっていた。 
「味方との距離はどのぐらいだ!」 
 ラムケは偵察情報を大佐に求めた。大佐は生き残っている偵察機の眼を通して情報を集めると、ラムケ機の通信メモリがパンク寸前になるほどの情報を送ってきた。 
「くそっ、俺は無人兵器ほど頭が良くないんだ。生情報を送られても困るぞ」 
 と言いつつも、ラムケは膨大な情報の中から必要なデータを選び出した。救援部隊は包囲陣を食い破りつつあり、数km先に先陣を切る無人兵器部隊が前進していた。しかし、その前面には傭兵軍の最新鋭機であるグラジエーターとラプターで編成された有力な部隊が展開していた。その壁の前で、ほとんどのナッツロッカーとF-Bootが松明と化していた。 
「壁を破る。大尉は脱出せよ」 
 アプト大佐の声。ラムケは言い返す。 
「重火器の大半を失ってるぞ。できるのか?」 
「任せておけ」 
 ホバーの爆音を響かせながら、中継役だったオスカーとガンスが集まってくる。 
「重ロケットによる攻撃後、戦闘団も前進する。君達の情報は味方機に中継するが、有人機の攻撃に注意せよ」 
「乱戦時の人間の眼は頼りにならん、か」 
 PZ/M7566の周りに集まっていたオスカーが戦闘速度に一気に増速し、傭兵軍の壁に突っ込んでいく。 
「立ち上がれ、ひとっ走りするぞ」 
 ラムケの声にハルトヴィックとヘルガが応える。 
「予備のファーストを放棄」 
「1発だけ持たせてください。大尉。手ぶらだと心細いです」 
「勝手にしろ」 
 ラムケはヘルガの方を見た。疲労の色が濃いが、挫けてはいないようだ。 
「行くぞ」 
 ラムケと護衛のガンスが走り出すと同時に、アプト大佐は温存していた4発の30cm重ロケット弾を発射した。撃ち出されたロケットは上昇し、傭兵軍の部隊の上空に達すると外皮を開き、それぞれ中に納められた740発の対軽装甲子弾、96発の対重装甲子弾、6発の滑空レーザー砲をばら撒いた。一瞬にして戦場が炎に包まれた。 
「すげぇ」 
「見物している暇は無いぞ」 
 ロケット弾の攻撃により陣形を乱された敵陣のど真ん中にオスカーが突っ込む。オスカーはレールガンとシュレッケを乱射し、さらなる混乱を巻き起こした。そこに速力を上げたPZ/M7566が突入する。 
 態勢を立て直した数機のグラジエーターが、レールガンでPZ/M7566を撃った。度重なる直撃弾でガタガタになった車体装甲を弾芯が貫通する。砕けた劣化ウラン製の弾芯は車体内部で発火し、駆動系統に致命的な打撃を与えた。浮上能力を失ったPZ/M7566は、車体の前方を泥炭にめり込ませて停止した。 
「くそったれ」 
 ラムケはアプト大佐を撃ったグラジエーターにレーザーを叩き込んだ。ヘルガもそれに倣い、レーザーを撃ち込む。数発の直撃弾を受けたグラジエーターは浅い沼の中に倒れた。 
「行動不能」 
「復帰できるか?」 
「機関部の損傷だ。自己修復はできない」 
 動かなくなったPZ/M7566に攻撃が集中する。レーダーアンテナが弾け飛び、応射していた機関砲も弾切れで沈黙する。 
「味方はすぐそこだ──走れ、大尉」 
 ラムケはアプト大佐に敬礼すると、走り出した。 
「通信回線を開け」 
 アプト大佐の声に、後方で眠る一つのAIが眼を覚ました。 
「今回の戦闘ログを送る。次の戦闘に役立てるのだ」 
 膨大なデータがオスカーとガンスが形作るレーザー通信網に送り出された。第116野戦補給廠の地下に鎮座する二脚歩行の怪物は、それを受け取り、己の脳に刻み込んだ。 
「通信終了」 
 アプト大佐のメモリが自壊コードにより電子的に破壊された。続いてメインフレームのフレーム内部に搭載された金属火薬が発火、フレームそのものが燃焼し内部を完全に破壊した。アプト大佐は戦死した。 
 PZ/M7566はAI破壊の数秒後に自爆。続いて通信網を形成していたオスカーとガンスもメモリを破壊した後に自爆した。 

「撃つな、味方だ!」 
 ラムケは姿を現したキュスターに向かって叫んだ。キュスターはしばらくラムケたちを見ていたが、興味を失ったかのように砲塔を回すと脇を走り抜けていった。 
「助かったんですか?」 
 ヘルガが聞く。 
「そうらしいな」 
 立ちすくむ三人の脇を、ナッツロッカーが轟音を響かせながら次々と走り抜けていく。 
「飯が食いたいな」 
 進撃する無人兵器の群れをすり抜けて、1機のグスタフがやってきた。グスタフのパイロットは、ラムケのコンラートを見つけると目の前までやってきた。キャノピを開き、若い将校が敬礼する。 
「第192戦闘大隊のミュンデベルト少尉です。ラムケ大尉ですね? お迎えに上がりました」 
「ご苦労、少尉」 
 少尉は辺りを見回して言った。 
「アプト大佐はどこに居られますか?」 
 ラムケはどう応えてよいかわからなかった。眉を寄せ、渋い顔をした。その顔を見た少尉は、別の意味として受け取ったようだった。 
「あれだけの激戦です。見失ってしまっても当然の事です」 
「あ、ああ」 
 司令部にラムケを発見したことを告げた少尉は、敬礼を残して立ち去った。 
 しばらくすると兵員輸送車がやってきた。目の前に止まった輸送車から、パリッとした制服を着込んだ、いかにも文書相手に戦闘をしているタイプの少佐が慌てた顔で降りてきた。 
「お嬢さん、お迎えのようだ」 
 ラムケの言葉に、ヘルガは助けを求めるような眼を向けた。ラムケは黙って首を振った。 
「ウェーバー少尉、探しましたよ」 
 少佐はラムケの方に「何をしやがったんだ」という視線を向けると、打って変わったゴマすり顔でヘルガに笑いかけた。ヘルガは観念し、グスタフを降着姿勢にするとゆっくりと降りた。 
「さぁ、こちらへ。大佐がお待ちしてます」 
 少佐に促され、ヘルガは輸送車に向かって歩き出した。少佐は笑顔を消し、ラムケにねちっこい眼を向けた。 
「ラムケ大尉、覚悟しておきたまえ」 
 ラムケは少佐の言葉を無視すると、ヘルガに声をかけた。 
「少尉!」 
 ヘルガが振り返る。 
「よくやったぞ、お嬢さん。おまえも立派な兵隊だ」 
 その言葉に、ウェーバー少尉は姿勢を正し、踵を鳴らして敬礼した。 
 兵員輸送車が走り去る。ラムケとハルトヴィックの二人はその場に残された。 
「自分らのタクシーはまだですか?」 
「用があれば、向こうから来るだろうさ。しばらく休むとしよう」 
 ラムケはコンラートを降りると、耐爆ボックスを開けた。記憶ユニットと一緒に数本の酒瓶が納められている。 
「ラルフマン中佐の形見だ。飲もう」 
「戦闘中の飲酒は禁止されてますよ。って、自分が言うと思いますか?」 
 ハルトヴィックはPKAから降りると、同じように耐爆ボックスから酒瓶とレーションを取り出した。 
「あの中佐、いろいろ溜め込んでましたよ。背中の装甲板の陰にくくり付けていたのはダメになってしまいましたが」 
 二人は栓を抜き、瓶を軽く打ち鳴らした。 
「天使のお嬢さんに」 
「死んだ大佐に」 


 包囲網を打ち破った救出部隊により第116野戦補給廠は解放された。ぎりぎりのタイミングまで自爆を待っていたため、機材や施設に大きな損害はなかった。 
 虎の子の装甲部隊に重大な損害を受け、作戦に失敗した傭兵軍は後退した。シュトラール軍欧州軍集団司令部は同様の作戦が今後も行われると判断し、ハンガリーからバルカン半島方面の戦力を増強した。その中核となったのが、無人装甲指揮機PZ/M7567を頂点とする無人師団であった。この部隊が、数ヵ月後に起こるヴァイスⅡ演習作戦で活躍することになる。 

 ラムケ大尉は隊の再編を終え、次なる任地への移動を待っていた。 
 ウェーバー少尉の一件では、司令部から数件の問い合わせが来たが、じきに何も言われなくなった。 
 アプト大佐に関して、ラシュテンドルフ上級大将直々の命令書がラムケとハルトヴィックに届けられた。その内容は「実験部隊の隊員として情報の取り扱いには十分留意すること」という何でも無いものだったが、二人は「秘密は墓場まで持って行け」という命令だと受け取った。 
「大尉、時間ですよ」 
「そうか」 
 ラムケは、デスクの上に置かれた頑丈さだけがとりえの支給品のラジオをつけた。 
『2300。ノイベオグラード放送です』 
 聞きなれた天使の声が聞こえてきた。 

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