「目標を捕捉した」
「安全装置解除。装填」
音も無く飛ぶ異形の航空機の中で、パイロットと後席の火器管制士は短く言葉を交わした。三人目の乗員である航空機関士は、多目的ディスプレイに眼をやったまま沈黙を続けている。
「SAFSだ。こっちには気づいていない」
「射程に入った。射撃レーザを打つ」
機首に装備されたセンサから短いレーザーが発射される。反射したレーザーを捉えたセンサが、正確な距離データを火器管制装置に入力する。自身にロックオンされたことに気づいたSAFSが、自分を狙っている敵を探そうと上半身をひねった。
「気づいた」
「もう遅い」
ズシンという衝撃と共に、重い砲弾が発射された。装甲貫通を主目的とした砲弾は、回避行動を取ろうとしたSAFSを刺し貫いた。衝撃が卵型の胴体から手足を弾き飛ばす。
「命中。目標は沈黙」
「反重力場に乱れは無い。機関は正常に作動している」
Ze145/U12の秘匿名称を与えられた戦闘機は、夜の闇の中を音も無く飛行した。友軍機が正体不明の敵に突然撃破されたため、傭兵軍の陣地は蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなっていた。レーダー波が闇雲に発振され、闇の中に「敵」を見た兵士の何人かが発砲している。胴体下の偵察ポッドはそれらの情報を貧欲に採取し、メモリに蓄積していく。位置情報を発信して、友軍の砲撃により一気に叩くこともできたが、こちらの存在を知られるわけにはいかなかった。
「しつこいレーダーだ」
機体をレーダー波が撫でていくたびに警報が鳴った。はるか昔に絶滅してしまったとされている平べったい軟骨魚類に似た機体は、レーダーの反射率が非常に少ない。さらに機体表面は電磁波を吸収する素材と塗料で覆われている。レーダーを制御する間抜けな電子装置は虫か小鳥が飛んでいるとしか判断しないだろう。
それでも電磁波に晒されているのは良い気がしない。パイロットは機体を降下させて丘陵の谷間に滑り込ませた。
稜線で長く待機していた傭兵は、接近してくる微かな音に気づいた。流行の装甲服なぞには見向きもしない寡黙な職人的な傭兵は、偽装ネットに覆われた商売道具を構えた。闇の中を何かが飛んでいる。網膜が微かな光点を捉える。一度捉えたものは見逃さない。引き金に指を這わす。そして、そっと引き絞る。
機体に衝撃が走った。明らかな爆発音。閃光とともに青黒い煙が狭いコクピットに湧き上がった。HUDとコンソールに警報が満ちる。
「何があった」
「機首側面に被弾」
機関士が冷静に叫ぶ。眼はディスプレイに表示されつつある、動力装置の状況を追っている。
「大尉は?」
「死んでる」
パイロットは、シートを隔てて後ろに座っていた大尉が、上半身の一部だけを残して飛散してしまったことに気づいていなかった。機関士は肉片を頭から被ったが、気にしてる暇はなかった。
傭兵は無表情のまま、大口径の狙撃銃を抱え上げ、長い間潜伏していた穴から立ち去った。彼が航空機に命中させたのは、これが初めてではなかった。
「左機関の温度が上がっている」
「反重力機関か?」
「補助エンジンだ。このままでは危険だ。燃料の供給を止める」
「機速が保てん」
「反重力軸線を変更する」
「レーダーに捕捉された。対空ミサイル警報」
闇の中に対レーダー撹乱装置が散布される。赤外線フレアが一瞬だけ周囲を昼間にした。
「ミサイル2基接近。脱出する」
「ダメだ。不時着させろ」
歩兵用の肩撃ち式小型ミサイルが接近してくる。1基は撹乱装置により目標を見失い自爆。もう1基は、機体直後で近接信管が作動。爆散片が右水平尾翼を破壊した。
「堕ちる」
「反重力機関は作動している。不時着できるぞ」
機体は急減速し、そして空中で静止した。それから勢いを失った紙飛行機のように、尻から地面に落ちていった。
任務の重要性を熱心に語る大佐の顔を見ながら、オットー・ラムケ大尉は重要性なぞどうでも良いと思っていた。
「……機材は敵に渡してはならない。破壊も問題外だ。無傷で確保しなければならない」
──不時着したんだろ? それで壊れてたらどうするんだ? 毎度毎度兵器局が持ち込んでくる話は、現実離れしてる。
「不時着地点は敵の勢力圏内だ。いかなる犠牲を払ってでも回収しなければならない」
──犠牲って、俺たちのことか?
「貴官は幾度と無く同様の任務を遂行している。総司令部も期待している」
──人手不足なんだよ。いいかげん本国からこの手の事をやるのが好きな連中を連れて来いってんだ。
「……聞いているのか? 大尉」
「まぁ。何となく」
大佐の顔が真っ赤になった。そんな反応も柳に風で受け流し、ラムケは言った。
「さきほど少佐から受けました事前説明で状況は把握しています。できればすぐに出発したいところですが……演説はまだ足りませんか?」
どうやって吠えるのか忘れてしまったブルドッグのように大佐の顔が歪んだ。
「部下に説明する時間も必要ですので。これにて」
大尉は踵を鳴らして敬礼すると、大佐の唸り声を背に部屋を出た。
「準備は完了してます」
部屋の前で待っていたクルツリンガー中尉が、足早に歩くラムケに一歩遅れながら準備状況を報告する。
「人員は?」
「4人と12機。不足ですか?」
「この短時間で集めたにしては上出来だ」
「回収部隊は編成中だそうです。ホバータンクの準備に手こずっているそうで」
建物を出た二人は、すぐ目の前の滑走路で待機する輸送機に向かった。輸送機といっても厳密には航空機ではなく、大型のヘリコプターと言ってよいものであった。とはいえ、機体にローターは無く、機体のメイン構造である縦貫するフレームに載せられた亀の甲羅状のセンサ・AIユニットの下に、左右各14基の反重力機関で構成された機関ユニットが装着がされていた。これが機体の動力源だった。
むき出しの魚の骨のようなフレームには、左右6機ずつ、計12機の無人PKA、いわゆる「グローサーフント」と、分厚いシートに覆われた4機のメルジーネが無造作にぶら下げられていた。
「あ、大尉」
「ハルトヴィック、これは何の真似だ?」
「用意したのは大佐ですぜ」
輸送機は無人兵器輸送用、いや強襲用の無人襲撃機だった。
「種無しになっちまうぞ」
「シールドで覆ってますから大丈夫ですよ」
「相変わらず楽観的だな」
「大尉と一緒だと、死ぬ気にならないから不思議です」
ハルトヴィックからサバイバルパックとプロテクターを何気なく受け取り、機体に向かう。途中で手に持っているものを見て立ち止まった。
「こりゃなんだ?」
プロテクターを振り回しながら高く掲げる。どうみてもファールカップのようだ。
「玉隠しですよ。遮蔽材入りの」
「くそったれ」
ラムケは整備兵が行きかう滑走路上でズボンを下ろすと、プロテクターを装着した。
「行くぞ!」
ハーネスでフレームに固定されているメルジーネに潜り込み、キャノピを閉鎖する。ピリピリとした感覚が収まると、視神経に直接像が結ばれる。
「出せ」
整備兵の退避が完了すると、強襲機は音も無く離陸した。反重力機関は強力な場を発生させ、重力波を遮断し、かつ操作し、上昇力と速力に変換する。ぶら下げられたラムケたちは、一切のベクトルを感じることはなかった。加速度による荷重すらも打ち消してしまうのだ。飛行船型の大型襲撃機なら、ナッツロッカーですら輸送することができた。
機体を包んだ遮蔽材のお陰で、人体に有害な電磁波を浴びることはなかったが、良い心地がするわけがなかった。戦術ディスプレイには強襲機のAIからの位置情報が表示されているが、身体が加速度を感じないために落ち着かなかった。
強襲機が高度を上げると、別の基地から出撃した2機の襲撃機が合流し、5機のホルニッセが護衛の位置についた。さらに8機のホルニッセが前方低空を飛行している。先行するホルニッセはペイロード一杯に爆装しており、墜落機の周辺を掃除するのが役目だった。
『降下10分前』
1時間ほどの飛行で墜落現場近くに達した。夜明けが近く、丘陵の東面は黄色い色に染まりつつある。目標は西側の尾根に不時着したという。
ホルニッセが機体を傾けながら降下を開始した。名前の通りスズメバチを思わせる機敏な機動で機体を立て直すと、一気に上昇していく。数秒後に直下の地面がめくり上がるように爆発した。旋回したホルニッセは、降下しながら機関砲で地上を掃射する。
「状況を説明する。降下点は傭兵軍の群れの中だ」
ため息ともうなり声ともつかない声が聞こえる。クルツリンガーもハルツも必要以上には言葉を発しないので、声の主はハルトヴィックだ。ハルトヴィック軍曹は、無人兵器、特にグローサーフントの野戦運用に関しての専門家であった。少しお調子者だが、数十機の無人兵器を手足のように使うことができる、この手の任務には無くてはならない人物だった。
朝焼けの空に対空砲火の軌跡が刻まれる。襲撃機のセンサユニットの周囲から、撹乱装置がばら撒かれる。同時に油脂性の対レーザー煙幕が展開され、AFSのレーザーや対空ミサイルの照準レーザーを減損・撹乱させた。
「墜落した航空機を友軍の到着まで確保する。爆破は選択できん」
『目標はどんなもんなんですか?』
「詳細は不明だ。爆破処理ができず、傭兵軍に拾わせても惜しくないものでもない。これだけの兵力を投入してでも回収しなければならないものだ」
『何となくわかりました』
ラムケも回収せねばならないものの正体を知らなかった。命令を下した大佐も知らなかったはずだ。知っていれば、あんな意味も無い演説をぶったりもしなかっただろう。下手をすると方面軍司令部も知らない可能性があった。陸軍総司令部、特に兵器局は前線部隊に一切の情報を明かさずに新兵器の実験をすることがある。現地部隊に傭兵軍のスパイが紛れ込んでいることは知られたことであり、情報が下手に漏れれば待ち伏せされるからだ。そんな状況でありながらも、問題が発生して現地部隊の手を煩わせることになっても、地球上での実験は重要なものであった。
対空砲火が激しさを増してきた。中には歩兵用の小火器による射撃も混じっていた。時折フレームに銃弾が命中し、小さな火花を散らす。
ホルニッセが急降下し、小型の収束爆弾を投下する。稜線に配置されていた対空部隊が吹き飛ばされる。
『マーカー確認』
「降下準備」
襲撃機が高度を下げる。稜線をギリギリでかすめ、西尾根の上空で急制動をかけた。
「目標を確認した」
それは地面に落ち動かなくなった蛾のように見えた。人の動きは上空からは確認できなかった。
襲撃機は垂直に高度を下げると、ピタリと空中に静止した。
「降下」
機体を固定していたラッチが外され、ハーネスにつながっているワイヤーが伸びる。地面に足が付くと同時にハーネスが外れ、行動が自由になった。すぐさま周囲を見回し、敵影が無いかを確認する。
「各員報告」
『全猟犬の着地を確認。異常無し』
「目標周囲に展開させろ。全火器の使用を許可する」
12機のグローサーフントが機敏な動きで移動していく。墜落機から半径400mの半円状の哨戒線を描く予定だ。
ラムケが見上げる先を、荷物をすべて下ろした襲撃機が上昇する。他の機から降下した20機のクレーテと14機のノイスポッター、4機のクラッフェンフォーゲルは、着地と同時に索敵行動に入る。全機とも損耗が前提となっており、傭兵軍を発見次第、強襲偵察を行うことになっていた。
部隊の展開を確認すると、目標に向かった。
「何だ、こいつは?」
機体の全景が見えるところで立ち止まる。「ザラマンダー」と呼ばれる制空戦闘機をベースにしているようだったが、全幅が大幅に延長され、延長された翼の付け根部分には大きな瘤状のバルジがあった。バルジはそれを含んだユニットごと、機体から外せるようになっているようだったが、その部分は巨大であり、現状では取り外し・輸送は不可能であることがわかった。
キャノピが開いていたが、座席に座ったままの乗員は身動きしていない。
「負傷しているようだ。急げ」
ハルツ曹長とハルトヴィックが警戒する中、ラムケとクルツリンガーの二人が機体に近づく。その音に気づいたのか、最後席の乗員が顔を上げた。
「第892実験大隊のラムケ大尉だ。救出しにきた」
乗員は震える手でヘルメットとマスクをむしりとった。若い男が顔を出す。
「技研のペルゼン技術少佐だ。腰をやられたようだ。下半身の感覚が無い」
「パイロットは死んでます」
前席を覗き込んでいたクルツリンガーが言う。
「このままだとまずいから、引っ張り出すぞ。ハルツ、来い」
呼ばれたハルツ曹長が駆け寄り、ラムケの手信号を素早く読み取ると機体を素早く降着姿勢にし、あっという間に機外へと降り立った。墜落機の機首にある数箇所のパネルを開け、射出座席と機体との接続を解除する。ロケットモーターにポケットに入れておいた安全ピンを指し込み、すべての作業が終了すると親指を挙げた。
「出すぞ」
左右から座席をつかみ、機体から少佐の身体ごと引っこ抜き、素早く機体から離れる。先に眼をつけておいた遮蔽物の陰に下ろす。
「先に聞いておく。あの機体には何が積んである?」
ラムケの言葉に、ペルゼンはどう応えてよいのか逡巡した。
「俺たちは方面軍司令部の命令で来た。機体と、そこに積まれているシステム、そして生きているのなら乗員を確保せよ。爆破は不許可、撤退もダメだという命令だ。そこまでする価値のあるものが積んであるのか、これには?」
幾たびも不条理とも思える任務をこなしてきたラムケにとって、自分が回収する機材の価値を知ることは重要なことであった。命を賭ける価値があるのかどうか、それにより戦術も変ってくる。兵の生命より大事なものがこの世に存在していることはよく知っている。自分自身、そのようなモノを作り出してきたのだから。
少佐はラムケと自分の応急処置をしているクルツリンガーを交互に見た後、観念したかのように口を開いた。
「生きて帰ったとしても他言無用にして欲しい。機体に積まれているのは、新型の反重力機関だ」
ラムケは首を傾げた。反重力機関なぞすでに珍しいものではない。
「……新型の反重力機関は、人体に無害な力場を形成する」
「そうなると……」
2886年末期、シュトラール軍・傭兵軍ともに反重力機関を組み込んだ兵器を多用していた。反重力機関は、物体にかかる重力を操作し、物体の重量を見かけ上負にして浮遊させたり、加速度を自由に0にも+にもすることができる、画期的な動力装置だった。
しかしながら、両軍が運用する反重力機関は、人体に悪影響を及ぼす強力な電磁パルスを発振するという欠点があった。電磁パルスを浴び続けると、全身の細胞の遺伝子を破壊され、死に至る危険性があった。短時間であっても、強いパルスを受けると、生殖能力を失う可能性が指摘されていた。遮蔽材の利用により電磁パルスを遮断することも可能であったが、遮蔽材の重さが得られる浮揚重量の大半を占めることになり、機関重量当りの搭載量が少なくなってしまうのである。そのため、シュトラール軍はパルスの遮断を諦め、反重力機関は無人偵察機「ノイスポッター」系列のみの専用とし、運用区域での有人部隊の行動は制限されることになった。整備も専用の無人整備場が必要であった。
対する傭兵軍は遮蔽材でパルスを遮断し、反重力機関を複数個搭載することによって、搭載量を確保することにした。これにより今までの常識を覆す、翼を持たない航空機、重装甲戦闘機「ファルケ」を開発、実戦投入したのである。
自由に飛行・静止することのできるファルケに、シュトラール軍は非常に手を焼くことになった。ドッグファイトは過去のものとなり、ファルケは好きな時に攻撃し、退避することができた。ファルケより高加速・高速の通常動力の重戦闘機「ザラマンダー」の投入により、一応の対抗策を得ることは出来たが、機材およびパイロットが不足しており、十分なものではなかった。
そこでシュトラール軍は、人体に影響の無い反重力機関の開発を急ピッチで進めることになった。ファルケに対抗する反重力戦闘機の開発が主な目的であったが、地球外の惑星で運用される小型航空機にその技術の転用が期待されていた。
シュトラール共和国をはじめとする複数の恒星系を領土として持つ惑星国家は、多くの植民惑星を保有していた。星々には、大気を持たない超低重力の鉱山惑星から、地球の数倍の重力を持つ高重力惑星まで、様々な種類があった。それら惑星の個々の条件に対応するための航空機・軌道連絡艇の開発は、多くの惑星国家の機械系企業の技術開発の余裕を圧迫していたのである。人体に無害な小型軽量の反重力機関は、それらの問題を一気に解消する。
少佐の一言で、ラムケは事の重大さを理解した。新型反重力機関の実用化は、戦場での優位性もさることながら、共和国の銀河連邦での立場も今までと比べ物にならないものになるのである。
「命を賭ける価値はあるが、死んだら元も子もないな」
ラムケは頭の中で計算し、命令を下した。
「ハルトヴィック! 犬どもの哨戒線を100m前進させろ。稜線の方は無視して構わん。武装の使用は無制限。近づく奴は皆殺しにしろ」
『了解』
いざという時のために、少佐はシートに固定した。どうやら背骨を損傷しているようで、足を動かすことはできなかった。鎮静剤を打ち、朦朧状態にさせる。
警報が鳴った。ハッチを閉じ、網膜に情報を表示させる。周辺に放っておいたクレーテが接敵したのである。周囲にはAFSを主軸とする部隊がいることを告げていた。続々と入る偵察情報から判断すると、連隊規模の敵がいると思われた。クレーテが当初の予定通り敵陣奥深くへと斬り込み、クレーテの開けた穴を通してノイスポッターがさらなる情報を求めて浸透する。
『SAFSを確認』
『詳細不明の装甲歩兵を捕捉。データ解析中』
『我、対空射撃を受く。敵歩兵約200』
『敵装甲車輌を撃破。残弾2』
次々と情報が入る。戦術ディスプレイは、敵を示す表示で真っ赤に染まった。麓は敵で埋っている。
「回収部隊はどの辺だ?」
『現在、ここより30km地点まで前進中』
「くそったれ」
まだラムケ達のところまで戦火は及んではいなかったが、それも時間の問題だった。
『敵AFS捕捉』
斜面の下で待機していたグローサーフントが、藪から現れたAFSの一個小隊を発見した。すぐさま僚機に情報が提供される。AFSが立ち止まる。はじめて見るであろうグローサーフントの姿に、度肝を抜かれたかのようだった。
『パウケ、パウケ』
一瞬のためらいも無く、グローサーフントはレーザーを発射した。大出力のエクサイマレーザーの直撃を受けたAFSは、クルッと回って地面に転がった。犬の鼻が乗員が死んでいることを嗅ぎとると、次の目標に照準を移した。ものの数秒でAFSの全機が撃破された。
『目標捕捉。距離500』
森林地帯ということもあって、戦闘は至近距離の遭遇戦となった。しかし、そんな状況は思考速度と判断力に勝るグローサーフントにとって有利となった。僚機の索敵情報を共有している犬達は、互いの射線に入らないように身を潜め、たとえ敵が近くても、最も有効な射撃ができる機体だけが射撃を行った。
「そこだ、殺れ! よし! いいぞ」
グローサーフントの戦闘状況をモニタしているハルトヴィックは、思わずそんな言葉を口にしていた。犬たちのAIに戦術を教え込んだのは彼自身であり、今の心境は良い猟犬を持った猟師そのものだった。
『敵歩兵前進中』
戦闘開始から1時間近く経っても生き残っていたノイスポッターから、数百人単位の民兵が前進していることを示す情報が入った。錬度の低い民兵たちは、その数で圧倒しようと考えているのだろう。歩兵を鈴なりにしたサンドストーカーが走り、射程内でも無いにも関わらず機関銃が撃ちまくられる。感謝祭の花火のようにロケット弾が乱射された。
「弾より人の数の方が多いな」
ラムケは苦笑した。
傭兵軍は、詳細不明の機体が不時着した直後からのシュトラール軍の通信量の増加から、不時着機が重要な機体であると判断した。ファルケ開発の直接の要因となった反重力装置も、不時着したものを捕獲したシュトラール軍の実験機から得たものであった。またしても、という考えが、この地域に展開していた傭兵軍の司令官たちの頭に上った。新兵器を手に入れれば、多額のボーナスが期待できた。そこで、不時着機を出来る限り無傷で捕獲するべく、ありったけの兵力を投入することにしたのである。
補給を終えたホルニッセが飛来し、緩降下しながら爆弾を投下する。爆炎が上がると歩兵の動きが一旦止まるが、ホルニッセが飛び抜けると、人波は再び動き出した。
民兵の波がグローサーフントの哨戒線へと達した。余りにもの敵の数にグローサーフントのAIは、現地点の確保が難しいと判断、効果的に射線を重ね合わせることができる地点への移動を開始した。それでも後退しながら、シュレッケにより数輌のサンドストーカーを火達磨にしている。
闇雲に放たれる銃弾が当たりに飛び込んでくるようになった。歩兵用の小銃弾で分厚いメルジーネの装甲を撃ちぬくことなど不可能であったが、構造的に無防備な光学サイトなどにラッキーヒットするかもしれず、あまりいい気はしなかった。
「どうにかしろ」
『どうにかなってましたら、すぐにしてます』
ラムケの軽口に曹長が応える。ハルツはレーザーを狙撃モードにし、遮蔽物の陰から敵の指揮官らしい兵を狙い撃った。指揮官が倒れるとその部隊の動きが止まるが、すぐさまAFSが怯む歩兵の先頭に立って前進を促す。無敵の装甲歩兵の姿に勇気付けられた歩兵は、喊声を上げながら斜面を駆け上がってくる。
射点を移動したグローサーフントが、横殴りの斉射を浴びせかけた。爆発力の無いレーザーでは、歩兵の動きを止めることはできなった。シュレックも対装甲弾頭では効果が少なかった。
歩兵の後ろにラプターが姿を現す。ナッツロッカーにすら一撃で致命的打撃を与えるエクサイマレーザーの銃口を上げ、グローサーフントに向かってつるべ打ちに射弾を送ってきた。2機の犬が撃破され、数機が損傷を受ける。
「正面に兵力を集中させろ」
『友軍部隊が接近中』
「間に合うか?」
『あと1時間持てば、何とかなります』
ホルニッセが機銃掃射しながら低空を駆け抜ける。民兵が頭を下げる中、立ち止まったラプターが対空射撃を行う。被弾したホルニッセがバランスを崩して墜ちていく。途中でPKAが離脱し、空中にパラシュートの花が咲いた。
民兵の中にいる傭兵軍の重火器小隊が搬送していた重対戦車ミサイルを設置する。
『シュレーック!』
ハルトヴィックの声にハルツ曹長が反応する。ミサイルがロケットモーターの白煙を曳きながら接近してくる。ハルツ曹長は咄嗟にレーザーを拡散モードにして弾幕を張った。撃墜は不可能だが、誘導装置を破壊することはできる。レーザーの弾幕を受けたミサイルは、光学誘導システムを破壊され、最終誘導されずにラムケたちの頭上を飛び去った。
「次は有線で来るぞ」
次弾を装填させまいと射弾を送ろうとするが、無数ともいえる小銃弾が周囲を満たした。反射的に身を伏せる。
「くそっ」
ミサイルは確実に実験機を捉えるだろう。傭兵軍としては実験機を無傷で捕獲する必要なぞなかった。いくつかのパーツを捕獲さえできれば、そこから残骸が何であったかをかなり正確に再現することができた。これはシュトラール軍も同様であった。そうであればこそ、傭兵軍は機体の破壊も選択肢の一つとして選ぶことができた。機体を破壊してしまえば、それを護るシュトラール軍は戦闘を継続する理由を失うことになる。
ミサイルが発射された。光学誘導をレーザーにより撹乱されないよう、有線で誘導されていた。ラムケは頭を下げ、口の中で悪態をついた。
爆発音が響いた。
『犬が!』
ハルトヴィックが悲痛な声を上げた。振り向くと、上半身を吹き飛ばされたグローサーフントの姿があった。
「何て奴らだ!」
グローサーフントの戦術AIは、自らの戦術的価値と護るべきものの戦略的価値を天秤にかけ、自らが破壊されることを選んだのだ。ミサイルの進路に最も近かった機体が自らを盾にしたのである。
AIは冷淡であった。グローサーフントは遮蔽物から身を乗り出すと、一気に斜面を下り始めた。動けなくなった損傷機のAIがすべての機体の戦闘データの収集を担当し、残りの機体は撃破されるまで戦うことを選んだ。
民兵の群れに恐慌が起こった。グローサーフントは、レーザーとシュレッケのみならず、大型のクローアームまでを使って歩兵たちをなぎ倒した。クローをまともに食らったAFSが空中高く放り投げられる。民兵たちは武器を投げ捨てとまではいかなかったが、銃を乱射し、指揮官の言葉も無視して我先に逃げ出した。
さすがにラプターのパイロットは冷静だった。防御を無視して突進してくるグローサーフントに次々と命中弾を与え、沈黙させていく。それでも民兵の壊走を食い止めることはできなかった。
反重力装置が発する、チリチリとする感覚が身体を通り抜けた。見上げると数機の襲撃機が低空をフライパスしていくのが見えた。先頭を飛ぶ機体からは十数機のクラッフェンフォーゲルが、後続機からは見慣れない形のナッツロッカータイプのホバータンクが投下される。
クラッフェンフォーゲルは優雅に身を翻すと、ブースターを吹かしてラプターたちに襲い掛かった。奇襲を食らったラプターが2機が、シュレッケのゼロ距離射撃を喰らって炎上する。
制動ロケットを吹かして強引に着地したホバータンクは、怒ったドラゴンのようにエアーを吐き出すと、墜落機の前に素早く移動した。
「──ナッツロッカーIIだと?」
戦術ディスプレイに増援部隊がラムケの指揮下に入った旨が表示された。見たことも無いホバータンクは、ナッツロッカーIIという名称だった。ナッツロッカーと同系統ではあるが、全体的に低姿勢で横幅が広くなっていた。視認性を低くすることと、高速走行時の安定性を求めていることがその姿から読み取れた。
砲塔が高速で旋回し、可動式の2門の大口径のレーザー砲が傭兵軍を指向する。大型機ならではの冷却能力を駆使して、装甲歩兵とは比べ物にならない火力を発揮した。SAFSですら卵の殻のように粉砕する高出力のエクサイマレーザーカノンが、接近を図ったAFS小隊を一瞬にして残骸に変えた。
ラムケは呆然とその光景を眺めていた。いや、そこにいた人間はすべてそうだった。無人兵器たちには「死」という概念は無い。「生き物」に対する憐れみの情も無い。戦場には敵と味方しかなく、敵は粉砕すべき目標にすぎなかった。
対する傭兵軍の兵士たちは人間でありながら同様の反応を示した。壊走する民兵たちによって引き起こされた混乱により後退することが出来なくなっているかもしれなかったが、ラムケの眼には彼らが損害を省みず攻撃を繰り返す、悪鬼のように見えた。味方の屍を踏み越えて、ジリジリと前進してくる。ロケット弾とレーザーが交錯し、爆炎に無人兵器と装甲歩兵の不気味な姿が浮かび上がる。
「あと、どれだけ待てばいい?」
『15分といったところでしょう』
クルツリンガーの声もどこか沈んでいた。
その頃、ナッツロッカーとSph69ホバートラックを中核とした回収部隊は、前衛のオスカー隊をすり潰しながら強引に傭兵軍の包囲網を突破していた。損害を受けた無人兵器は次々と自爆し、敵に道連れにして、さらなる混乱を引き起こす。
「来るぞ!」
ついにグローサーフントによる防御陣が突破された。クラッフェンフォーゲルもほとんどが弾を撃ちつくし、電波妨害をするのがやっとだった。
ラムケは少佐を実験機の陰に押し込むと、生き残ったグローサーフントを後退させ、ハリネズミの陣を敷いた。ナッツには遠距離での精密射撃を命じ、自分たちはロケットやミサイルといった爆発兵器を装備する目標の狙撃に専念することにした。
『そろそろ弾切れですよ』
ハルトヴィックが出来る限りの明るい声で言った。
「石でも投げろ」
レーザーで直射された対戦車ミサイル射手が倒れる。代わりにランチャーに飛びついた兵士も撃つ。
『そうします』
ハルトヴィックは本当に手近にあった石をつかむと、狙いを定めて投げつけた。こぶし大の石をもろにくらった歩兵が倒れたきり動かなくなる。
SAFSのレーザーがラムケ機のハッチに命中する。幸い照射時間が短かったため貫通は避けられたが、間接視認システムがアウトした。カメラが切り替わるように眼の中の映像が消え、薄暗いコクピットの情景が飛び込んできた。一瞬の考えた後、ハッチを爆発ボルトで吹き飛ばした。
硝煙と物が焦げる匂いが鼻をつく。いつもの匂いだった。
「回収部隊はまだか!」
レーザーのエネルギーが切れた。咄嗟に足元に転がっていたグローサーフントのアームの断片を拾い上げ、敵に向かって投げつけた。
AFSが眼と鼻の先の斜面を駆け登ってくる。前進を援護するSAFSの射撃でナッツロッカーの装甲の塗料が燃え上がった。それでもナッツは射撃を続ける。
斜面を駆け上がったAFSが眼前に迫る。ハルツ曹長は、手にしていた丸太でAFSの側頭部を殴りつけ、さらに蹴り飛ばした。バランスを失ったAFSは、数機の味方を巻き添えにして斜面を転がり落ちていった。
「この野郎!」
至近距離からのレーザー射撃でレーザーガンを破壊されたハルトヴィックは、壊れたレーザーガンでAFSを殴りつけた。嫌な音がして、手首の骨が折れた。だが、痛みを感じている暇はなかった。のけぞるAFSに掴みかかり、地面に叩きつける。
『すぐ近くまで来ています!』
「どっちがだ!」
ナッツロッカーのレーザー射撃の輻射熱で汗まみれになりながら、ラムケは生き残った無人兵器に指示を飛ばし続けていた。
『もちろん味方です!』
「敵の方が近いぞ!」
もう寸土も無かった。弾薬も無い。残されたのは装甲服の動力だけだった。肩が触れ合わんばかりの距離で4人は応戦していた。ラプターも機体のパーソナルマークが肉眼で識別できる距離にまで近づいてきていた。
「くそったれが!」
観念した。降伏を命じようとした。
その直後、AFSの何機かが弾き飛ばされるように転がった。
『友軍です』
側面の森からナッツロッカーIIが飛び出してきた。横殴りのレーザーの雨が傭兵軍部隊を叩きのめす。
「遅いぞー」
ハルトヴィックは心の奥底からの安堵の声を発した。
続いてナッツロッカーがなだれ込み、歩兵を蹴散らしていく。火力・装甲ともに劣るAFSは後退を開始し、SAFSもその支援に回らざるを得なくなっていた。自然とラムケたちに対する圧力は衰え、しばらくすると傭兵軍は引き潮のように退却していった。
誰もが無言だった。回収部隊の兵士たちが機体と少佐をトラックに積み込んでいる間も、必要以上の言葉は発しなかった。
余りにもの疲労に装甲服を脱ぐこともできなかった。結局は装甲服ごと荷台にくくりつけられ、戦場を後にすることになった。
傭兵軍が態勢を立て直す前に退却する必要があった。出来うる限りのAIユニットが回収されたが、それ以外のものはナッツロッカーのレーザー射撃により徹底的に破壊された。
唾を飛ばし熱弁を振るう大佐の声を、ラムケは右から左に聞き流していた。回収してきたものは壊れた航空機であり、大佐としては「そんなもの」のために手勢の無人兵器を多数失ったことが我慢できなかったのだ。責任は現地部隊を指揮したラムケにあるとすると叫んだ。帰還してから一時も休息を取っていないラムケは、こんな茶番はどうでもいいと思った。
大佐が言葉に詰まり、一瞬言いよどんだ。その瞬間、ラムケは感情のこもらない声で一言だけ言った。
「もうよろしいですか、大佐」
ラムケの言葉に大佐は一瞬呆気に取られた。
「詳細に関しては報告書を提出します」
大佐が我に返る前に踵を鳴らして敬礼すると、怒鳴り声を後手で閉めたドアで遮断した。
兵舎のベッドで不貞寝を決め込んでいたラムケの下に、クルツリンガーがやってきた。
「報告書は出してきたか?」
「嘘しか書いていない報告書を提出するのは気が引けましたが」
「真実を書くことはできんよ。あれが何だったかを大佐に教えるわけにはいかん」
「なんでまた?」
ラムケはベッドの上であぐらをかくと、不思議そうな顔をしているクルツリンガーに言った。
「知れば手柄の取り合いだ。下手すれば俺たちの命も危ない。何も知らんふりをしてるに限るさ」
救出したペルゼン少佐の身柄と機体は、すでにこの基地にはなかった。機体に触れた生身の兵士は、回収部隊の兵器局所属の技術兵と、ラムケ達だけだった。無人機達は沈黙するに決まっている。
「今度ばかりはどうなるかわからん。覚悟を決めておいた方がいいかもしれん」
ラムケは疲れた顔に皮肉な笑顔を浮かべた。
ラムケの予感は的中した。
「知りすぎるのも問題だな」
命令書は、欧州方面軍司令部でもなく、地球方面軍総司令部でもなく、本国の陸軍総司令部からのものだった。第892実験大隊は解体され、ラムケたちは新編成される第0912小隊へ転属となった。
命令書を受け取ったわずか16時間後に、ラムケたちは基地を後にした。
彼らを乗せたシャトルは、軌道へと飛び立った。