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 狭いバイザーの向こうに見えるのは、灰色の世界だった。 
 空は一面の灰色に染まり、殴りつけるように横から吹き付ける雪片が、貫けるはずのない装甲板を叩き続ける。 
 雪面は踏みしめるたびに古びた木製の床のような音を立てた。風で吹き飛ばされるために積雪は少ないが、膝が完全に埋ってしまうほどの深さとなっている。 
 ヘッドホンからは小隊員の低く抑えた罵り声が聞こえてくる。寒さは零下20度近く、エアコンを全開にしても寒さで身が削られる感があった。しかし、ネコにしてみればこんなものは散歩みたいなものだった。 
 機のエアコンは切っていた。機内の温度が上がれば、汗をかく。流れた汗は断熱の甘いところで凍り、凍傷の原因となる。結露によるバイザーの凍結も避けねばならなかった。眼鏡のレンズが凍結したらどうしようもなくなる。 
 ネコはエアコンを使わずに衣服を重ね着することによって保温し、汗は吸湿性の高い下着に任せていた。ネコの生まれた星ではそれが当たり前のことだった。それにエアコンに貴重な電力を回したくはなかった。電力を消費すればエンジンを回さねばならず、機温が上昇する。赤外線で見れば、温まった機体は零下の雪原では、闇夜のクリスマスツリーのように目立つ。生き残るためにはそんな細かい事にも気を配る必要があった。 
 AFSの隊列は黙々と雪原を進んでいく。ネコは歩を進めながら、思い出したくもない故郷の事を思っていた。 


 そこには雪と灰色の空しか無かった。 
 銀河辺境に位置する鉱山惑星。名前も記号と数字の組み合わせという、銀河中央の連中がこの星をどう思っているかがすぐわかるものだった。しかし、この星は他の鉱山惑星とは違い、人類が呼吸可能な大気が存在していた。どのように酸素が生成され、有害物質が排除されたのかはわかっていない。そんな学術的問題よりも鉱石の掘削の方が優先されていた。 
 星の地殻は、鉄をはじめとする重元素の鉱脈で満ち溢れていた。安価な普及型核分裂炉に必要な放射性元素や、航宙艦の建造に必要な希少元素を含んだ鉱脈が、地表付近にあるというのがこの星の重要性を増していた。そのため、惑星表面には定住植民者のコロニーが存在していた。 
 しかし、植民者にとって、この星での生活は悲惨を極めた。重力は標準重力の2倍以上もあり、それなのに圧縮された大気には人間が辛うじて生きていけるだけの酸素しか含まれていなかった。地上は永遠に降り続く雪に覆われ、灰色の空には猛烈な紫外線を発する惑星系主星が浮かんでいた。そのため地上に居住することはできず、住人は地下に町を作り、生活していた。 
 居住者の生活は、モグラそのものだった。朝から晩まで大地を掘り進め、鉱石はそのまま軌道上にある精製プラントにマスドライバーを使って打ち上げられる。生活物資は少なく、娯楽といえるものは何もなかった。 
 神はこんな場所にも新たな命を誕生させる。彼女もそんな子供の一人だった。 
 物心ついた時には、すでに両親の手伝いをしていた。高重力・低酸素の状況下での作業をアシストするマイナースーツ(鉱夫服)や掘削道具の整備・調整。トロッコの修理。食糧を坑内奥深くに運んだり、壊れた照明具を補修し、新しく掘られた坑道を示す道標を配置するのは子供たちの仕事だった。 
 彼女の両親は四世代続く鉱山師だった。新たな鉱脈を見つけ、それを会社に売る。得られた金は生活物資の購入に費やされ、貯蓄など考えることはできなかった。会社は生活物資を不当な値段で売りつけ、マイナーが得た金を吸い尽くすのだ。 
 逃げ出すことなど誰もできなかった。星で生まれた者は坑道の中で死ぬ。それがこの星の掟だった。彼女は坑道の中で成長し、少女になる頃には一人前のマイナーとなっていた。 
 ある日、運命が変わった。彼女の住む町が予想不能な大規模な地殻の崩落により壊滅したのである。坑道も破壊されたが、坑道奥深くで作業中だった彼女は不運にも生き残った。同じように生き残ったマイナーたちとともに坑道を掘り進み、脱出路を切り開いた。出た先は地上だった。 
 生まれて初めて空を、頭上に限りなく広がる空間を見上げた。灰色の空に浮かぶ紫色の光を投げかけてくる光球。吹きすさぶ雪。彼女は時間を忘れて見上げていた。 
 宇宙港に歩いてたどり着いたのはそれから一週間後のことだった。仲間達は次々と倒れ、結局生き残ったのは3人だけだった。有害な紫外線は、彼女から命の代わりに視力の大部分を奪った。 
 その後、あそこで死んでいた方が楽だったと思うことが少女の身に降りかかった。彼女を収容した病院は法外な治療費を請求し、坑道を失った会社は、生き残りに対して莫大な損害賠償を請求する訴訟を起こした。すべての権利を奪われ、身体が回復したら、新たな鉱山──人の命を消費しても割が合う、希少元素の鉱山に送り込まれることが決まった。 
 銀河辺境に住む神は、自分の成したことに責任を感じたのであろう。哀れな少女に救いの手を差し伸べたのである。 
 宇宙港のある町の病院で、少女はその男に出会った。すべての労苦を身体に刻みつけながらも、生命力に溢れた眼をしている老人。老人と哀れな女の子はいろいろな偶然からすぐに親しくなった。 
 老人は傭兵だった。若いころ星を飛び出し、星々の戦場を渡り歩いた。幸運にも生き延び、それなりの財産も得た。そして、自分の身を埋めるために故郷に帰ってきたというのである。 
 老人は少女に強烈な印象を植え付けた。彼女は老人が語った星の海の話に心を奪われた。紫色の太陽の浮かぶ薄暗い灰色の空の彼方に、光に溢れた世界があるというのだ。 
 ある晩老人に別れを告げた彼女は、人類の歴史の中で幾人もの少年少女たちが自らの運命を切り開くために行った、聖なる企みを実行した。 
 密航したのである。 


『ったく、何時まで歩かせるつもりだ』 
 中隊の誰かが愚痴った。基地を出てすでに3時間も雪原を歩き続けている。そろそろ帰らねば、全行程がAFSの航続距離を越えてしまう。動力を失ったAFSは高価な棺おけに代わる。 
『無駄口を叩くな。もうじき中継点に着く』 
 この日の任務は何も詳細を告げられていなかった。いつものように呼集され、訓練として基地を出発した。良くある訓練だと思ってはいたが、様子のおかしさに隊員たちは苛立ちはじめていた。 
 中隊長のコッコ少尉は平然としていた。士官ともなれば、拳銃を突きつけられても平気でコーヒーをすすれるだけの意志力が必要とされた。粗暴さは下士官の専売特許である。部下の苛立ちは、先任下士官が素早く処理した。単調さを解消するために、隊列の順番を変え、無線を使わずに命令を伝達する訓練を行う。 
 中隊長が銃口を使って雪原の一点を指し示した。そこには場違いな色、赤い旗が立っていた。 
 しばらく歩くと、旗のある場所にたどり着いた。旗の下には、雪を固めて作ったブロックを積み上げてシェルターが作られていた。風の影響を極力受けないようにシェルターの壁面にへばりつくように張られたテントから、防寒服で分厚く装甲した整備兵が飛び出してくる。 
『これは何の冗談だよ』 
 機体に取り付いた整備兵は、エンジンを回しながら燃料の補給を行う。ネコの機を担当した整備兵は、ネコがエアコンを使っていないことに驚いた。 
「人間も給油だ」 

 古参の整備兵がパイロットにバイザーを開けさせ、口の中に不味いが高カロリーのチョコバーと、ブランデー風味の合成アルコール飲料を詰め込んでいく。要領のいいパイロットは、酸素マスクの周辺や口が届く範囲に、整備兵に頼んで行動食を供給できるユニットを装備していたが、そんなことを知らないパイロットはチョコバーを貪り食った。 
『ここから先は無線を封鎖する』 
『少尉、目標は何ですか?』 
『今は知る必要は無い』 
 コッコ少尉の声はいつものように陽気だったが、どこか秘密を隠している感があった。 
『行くぞ』 
 中隊は再び歩き出した。雪は降り止まない。 


 密航者は即刻船外投棄。航行中は消耗品の補充ができない航宙船にとって、不要な人間を運ぶだけの余裕は無く、この原則は船乗りたちの不文律となっていた。 
 彼女もあっという間に見つかった。が、星の海に投げ捨てられることはなかった。 
 船長は、何が起こっているのかまったく理解していない彼女を見習いの船員にしてしまった。自分の名前もろくに書けない女の子を船から放り出すのが忍びなかったのかもしれなかった。今となっては理由はわからない。 
 高重力惑星に直接降下するという不経済なことをする船長は、ただの船乗りではなかった。レイダーと呼ばれる高速輸送船を使った閉鎖突破・通商破壊を生業とする、いわゆる「海賊」だった。 
 彼女は「名無しのメアリ」と呼ばれるようになり、機関室の見習いとなった。危険な動力炉内での作業を担当することになったが、故郷の坑道と比べれば天国といっても良い環境だった。故郷では、遮蔽の十分でない原子炉が平然と使われており、その調整も日常生活の一部だったからだ。 
 高重力下の環境に適応した身体は、レイダー内での生活では強みとなった。高加速中でも作業を行えるメアリの能力は高く評価され、1年もすると正式な船員として迎えられた。 
 船は様々な星を巡った。密輸品や武器弾薬を積み、軍や官憲の眼を盗んでそれらを送り届ける。メアリが船を下りることはできなかったが、舷窓から宇宙や惑星を見る事ができるだけで十分だった。 
 転機が訪れたのは、船乗りとして数年が経った頃だった。長年海賊を率いてきた船長が勇退し、船がとある企業に売却されたのである。メアリを含めた特定の住居を持たない船員の多くはそのまま船に留まり、新たな業務に励むこととなった。 
 船を買い取った企業は多数の惑星系を顧客に持つ傭兵会社であった。紛争や国内での治安維持などに傭兵を雇う国家は多数存在していた。国民による軍隊を作るだけの人的余裕のある国家は数えるほどしかなく、傭兵企業は銀河中に、それこそ星の数も存在していた。 
 メアリが所属することになった企業は割合規模の大きいもので、国境紛争への傭兵派遣を主な仕事していた。高速船はこのような企業にとっては重要であり、休む暇もなく銀河中を飛び回ることとなった。 
 メアリは機関長補佐と同時に、スチュワードを担当することとなり、輸送される傭兵と真正面から付き合うこととなった。いろいろな事件が起きたが大事には至らず、次第に傭兵たちの扱いにも慣れ、逆に傭兵たちから様々な技術を学ぶようにもなっていた。 
 そんな技術が不幸にも役立つ時が来てしまった。とある国境紛争の場に、傭兵と武器弾薬を輸送していた船が攻撃により不時着したのである。救援が来るまでの2週間、名無しのメアリは傭兵と共に戦闘に参加した。 
 そして生まれて初めて人を殺した。 


 少尉はネコに先導を命じた。ネコは視力は悪いが、洞察力だけは誰にも負けないと自負していた。列の先頭に立つと、雪原やその周辺に何か無いかを捜しながら前進した。先導はやりがいのある仕事であると同時に、中隊員全員の命を預かることになる。先導が「何か」を見逃せば、敵の奇襲で部隊は全滅する。その時真っ先に死ぬのが先導である。 
 レーダーは使用できなかった。元々人の大きさでしかないAFSが放つレーダー波は、すぐさま地形や木立によって邪魔される。機体の容積と電力の問題もあって強力なレーダーは詰めず、積んだとしても敵の居場所を突き止める前に、自分の居場所を暴露することになる。肉眼と勘が頼りだった。 
 何の目印もない雪原をゆっくりと歩いていく。まっすぐ歩いたつもりでも、振り返れば自分の足跡は酔っ払いのようにふらついていた。 
 少尉は手信号で方向を指示し、時折マーカーを設置していた。一旦無線封止が解除されれば、マーカーが発する電波を頼りに中継点まで走って帰ることができる。 
 地形が変わり、針葉樹の林が見えてきた。ところどころに巨大な岩が転がり、それは氷河が長い時間をかけて転がしてきた岩だと誰かが言った。振り返って改めて見ると、今自分たちが歩いてきたのが凍った入り江であることがわかった。 
 わずかな小休止のあと、再び歩き始めた。すでに100km近い距離を走破していた。目標はまだ告げられていない。 
 待つことは慣れている。 


 自分の背丈ほどもある大口径の狙撃銃。それが仕事道具だった。部隊の前進に先立って敵陣に潜入し、情報を収集し、狭く快適とは言いがたい穴倉の中に座り、ただひたすら哀れな標的が照準器に収まるのをひたすら待つ仕事。仕事が終われば、小銃から大砲まで使って自分を抹殺しようとする追っ手を振り切るため、痕跡も残さず立ち去らねばならない。彼女はそんな仕事を嬉々としてこなした。 
 どんな環境でも、どんな地形でも音も無く移動し狩りを実行する彼女を、ある古参の傭兵が「ネコ」と呼んだ。立ち振る舞いや顔つきが、小柄な捕食動物を思わせたのだろう。それが新しい名前となった。 
 古参の傭兵が死ぬか引退し、その穴を埋めるために新参の傭兵がやってくる。ネコも自然と新米から中堅へと進み、同時にその立場に見合った技術を習得した。 
 傭兵として転戦する毎日を続け、様々な戦場に身を置いた。これっぽっちの大気も無い鉱山衛星、メタンの雨の降る燃料惑星、植物に支配された巨大な衛星、荒野の広がるテラフォーミング中の惑星、衛星軌道上に浮かぶ解体中のジェネレーションシップ──極寒、酷暑、無酸素、有毒ガスの大気、無重力、高重力、宇宙線、原生生物、未知の病原体──ありとあらゆる環境下で人間は戦闘を続けていた。 
 数百万年前にある猿人が牛の大腿骨を振り上げた瞬間から始まり、終わることのない戦いだった。 


 コッコ少尉が停止を告げた。隊に緊張が走る。この停止が小休止でないことは確かだった。 
 少尉が副長を呼び、ヘルメットを接触させての会話を行った。副長は各小隊長を呼び、同様に交信を行う。そして小隊長は先任下士官に伝達する。 
 戦線の遥か後方に位置するこの場所を通過するシュトラール軍の武装輸送隊を襲撃する──これが今回の作戦だった。 
 AFSのデビュー戦は、それまで難攻不落を誇った武装輸送隊の襲撃であった。戦線後方に浸透し、戦車並の火力を目標に叩き込み、高速で避退する。そのためにAFSは作られたのである。 
 接触会話と手信号により打ち合わせが成され、中隊は素早く展開した。ネコは敵の護衛部隊を警戒する位置につき、雪原に横になるように身を沈めた。バイザーについた雪が凍りつかないように時折振動ワイパーを作動させる以外は、完全に動きを止めた。雪が機体に積もり、ネコは雪原の一部となった。 


 辺境に位置する植民惑星クレンダ2。クモに似た原生生物を飼いならし、それを使って全く手付かずだった大地を開墾して農地とし、生産物を星々に輸出する典型的な農業惑星だった。農地を巡る植民者同士の争いは、彼らが武器を持ったことで激化し、時間が経つにしたがって武装集団は軍閥化していった。軍閥は当初の目的を忘れ、敵対組織を叩き潰すことだけを考えて戦闘を続けていた。惑星政府は軍閥に対抗する力を持たず、ついに傭兵を雇い、軍閥を解体することを決定した。 
 300人の傭兵がかき集められ、対軍閥戦に投入された。現地軍とは比べ物にならない最新兵器を装備した傭兵部隊は、軍閥を次々と撃破、首脳陣を殺害もしくは逮捕し、武装を解除していった。戦闘は一方的なものであり、いつになく楽な仕事だと思われた。 
 しかし軍閥は結束し、ついに数万の兵力を集結させた。そして、傭兵部隊の駐屯するある小さな町を包囲したのである。 
 壁を這いのぼることも地面に穴を掘ることもできる原生動物を使い、軍閥兵は様々なところから攻撃を仕掛けてきた。火力と戦術で傭兵部隊は対抗するが、補給を断たれた部隊は日に日に衰弱していった。 
 ネコは高台にあるクレーンの上に陣取り、ありったけの弾薬と食糧を荷揚げしたあと、すべての梯子を取り外し、トラップで下からの接近を遮断した。 
 あとはひたすら撃ち続けた。3挺の狙撃銃を設置し、一日中狙撃し、数え切れない敵兵を撃ち倒した。敵が退くと、銃を整備し食事を摂り眠る。髪は乱雑に伸び、垢塗れの皮膚は迷彩服と一体化した。二ヶ月も経つと、誰も射程内に入ってこなくなった。時折無謀と勇敢さを履き違えた兵士が挑戦してきたが、ネコに頭を吹き飛ばされた。軍閥の兵士たちは、クレーン上の猛獣を恐れた。 
 傭兵部隊を率いていた隊長が狙撃されて殺されたが、すぐさま副隊長が指揮を引き継いだ。副隊長が倒れると、次は人望の厚い迫撃砲手が指揮を続けた。その男が爆弾でミンチにされた後は、軍医が指揮官となった。こうして傭兵部隊は戦い続けた。降伏など考慮の一つにも入らなかった。 
 三ヶ月が経ち、消耗品が底をつくという時に、首都から脱出してきた伯爵とあだ名される武器商人が、輸送機を町に不時着させ、武器と弾薬、食糧を包囲陣にもたらした。部隊は息を吹き返し、町の周囲にさらなる軍閥兵の屍を積み上げた。 
 救援を求める超光速通信が銀河中に発信された。『ワイルドギース、我の下へ』──雪山で遭難した登山家を、他のチームが助けるように、通信を受け取った傭兵たちはクレンダ2へと向かった。 
 半年もの包囲戦は、新たな傭兵部隊の到着により終結した。包囲戦で疲弊していた軍閥は完全に粉砕され、惑星政府は増援の傭兵部隊内にまぎれていた超大国の息がかかった傭兵が引き起こしたクーデターにより倒れた。包囲戦を生き残った傭兵にとっては、そんなことはどうでもよいことであった。 
 ネコは半年振りに地上へ降り立った。痩せ細り、汚れで茶色になった顔の中の眼は、飢えた野獣のそれになっていた。他の者たちも同じように、獣の臭いを漂わせていた。 
 最後に指揮を執っていたグレネードランチャー射手が号令を発した。敬礼したのは、12名の傭兵だけだった。 
 生き残った傭兵達は、改めて名乗りあい、アドレスを交換し、互いに助けが必要な時には駆けつける約束を交わし、そして別れた。 


 短い通信。反射的にレーザーガンの安全装置を解除し、身構える。まだエンジンの出力は上げない。下手に熱源になると、先制打を喰らいかねないからだ。 
 シュトラール軍の武装輸送隊が雪を蹴立ててやってきた。Makelと呼ばれる6輪装甲車数輌に、3輌のトラック、スタックした際の回収車輌も兼任する182型軽戦車が最後尾を走っていた。さすがにこんな後方で襲撃されることなど想像すらしていない感で、誰もハッチを開けて警戒していなかった。 
『第2小隊、接近して襲撃せよ。いいか、トラックは燃やすな』 
 少尉の号令と同時に、雪原の一部が弾け、白い迷彩のAFSが飛び出す。降雪の中ではレーザーは長距離での射撃には適さない。接近して急所に的確な一撃を加えることが大事だ。 
『他の小隊は待機。あの程度の兵力なら、第2小隊だけで十分だ』 
 ネコは襲撃の様子を見ていなかった。任務は敵の増援を警戒することだからだ。輸送部隊の後方に、戦闘部隊が移動していることなど、良くあることだった。 
 襲撃は瞬く間に終わった。至近距離に近づいたAFSに気づく間もなく、全車輌が沈黙した。装甲車と戦車は炎上し、かろうじて脱出した乗員が雪の中で呆然としていた。 
 コッコ少尉は先任下士官に命じ、トラックの荷台のドアを開けさせた。中には武装運搬用コンテナとは違うが、同様に厳重に梱包された耐爆コンテナが積まれていた。 
『運び出せ』 
 先任下士官が一個一個手渡しでコンテナを中隊員に渡していく。隊員たちは思いの外重いコンテナに驚きの声を上げた。警戒配置から呼び戻されたネコもコンテナを渡された。 
「中身は何?」 
 ネコの問いに先任は意味ありげな仕草を返しただけだった。傭兵の世界では、知らなければ良いということが良くあった。そんな時にそれを知っている者は先任のような態度を取る。ネコは軽く息を吐いて疑問を忘れると、盛んに電波を発しはじめたマーカーに向かって走り出した。 
 中間点にたどり着くと、そこでは整備兵たちの撤収準備が行われていた。コンテナはまとめられてソリに載せられ、整備機材と一緒に雪上車が曳いていった。整備兵は残された機材で整備と補給を行うと、慌しく雪上車で去っていった。 
「おいおい、俺たちは歩きかよ」 
 誰かが愚痴った。笑いとため息が交わされる。小休止はそれで終わりで、中隊は再び歩き始めた。 
 しばらくしてネコは何かを感じて振り返った。視線の先で小さな雪煙があがった。中継点の雪のシェルターが爆破されたのだった。 
 基地に帰り着き、サウナで人心地ついている頃、いつものように噂話が耳に届けられた。噂では、今回の襲撃は輸送していた金塊を奪取するのが目的だったというのである。 
 ネコはそんなことはどうでもいいと思った。 
 生きて帰ってこれたのだから。 

 その手紙は長い距離を人の手を使って届けられた。 
 薄汚れた便箋には、今の自分と過去の自分とを結びつける言葉が書かれていた。 
 『一度傭兵になった人間は、元の世界に戻れない。傭兵は傭兵として死ぬ』と、誰かが言っていたことを思い出した。元より故郷に帰る気などさらさらなかった。重く薄い空気の中でモグラのように生きるなど、猫には似合わない。 
 ネコは文面をもう一度読み返した。 
『ワイルドギース、我の下へ』 

 



 

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